それから十年以上経った今、野乃はあの頃の渉の年齢になった。けれど渉は、高校生の頃、どんなことが好きで、何をやって過ごしていたか、けっこう忘れてしまっている部分も多い。


 それに野乃は女の子だ。きっと、どんなことが好きかも何をやって過ごすのかも全然違うに違いない。そういう点で渉は朝からひどく困っているのだった。


 ――と。


「あの、渉さん……ですか?」


 ふいに背中から呼びかけられて、渉ははっと我に返った。振り返ると、背中の真ん中あたりまでだろうか、長く伸ばした黒髪をさわさわと風になびかせたひとりの少女が、じっと渉の返事を待っていた。


 ――野乃だ。十六歳の。渉は彼女の両手と肩に重々しく提げられているバッグやキャリーケースに目を留め、そう直感する。


 それに、よくよく考えてみれば、この辺で渉のことを名前で呼ぶ若い人はいない。三十歳手前の身としては恥ずかしいのだけれど、「渉ちゃん」と親しげに名前で呼んでくれるのは、たいていが店の馴染みの四十代から上の世代の人たちだ。


「いらっしゃい。野乃ちゃん……でいいんだよね? ずいぶん久しぶりだね」