「そう……なんですか。でもあの、ここのコーヒーを飲んでいると、憑き物が取れたみたいに、すーっと心が軽くなるって教えてもらって……」


 しかし女性は、あまり納得がいっていないようだった。


 先に頼んだカプチーノからは、憑き物が取れるような感覚がしなかったのもあるのだろう。


 現に、元樹君やお母さん方に応対している間に少し様子を窺うと、何度か首をかしげていたようでもあった。


 でも。


「それはきっと、そのお客様がご自分で重かった心をほぐしたからなんだと思いますよ。僕は本当に、ただお客様と一緒にコーヒーを飲むだけなんです。いつも美味しいコーヒーを淹れて差し上げたいなと思っていますけど、美味しいかそうでないかは、お客様次第ですから。そのお客様が美味しいと思ってくださったなら、ご自分の力なんです」


 渉に言えることは、これ以外にはない。


 特別な力があるわけでもなければ、突出して人の心理を読み取るのが上手いわけでもない。


 人よりちょっとコーヒーを淹れるのが上手いだけで、その特技のおかげで、なんとか商売をさせてもらっている。