「ほーら。そうやってすぐに言い返せないところが気弱っぽいんですってば。汐崎君なんか、どんなにやり込められても、うーうー言いながら、それでも野乃、野乃って二言目には懐いてくるんです。渉さんも頑張らないと、汐崎君にも先越されちゃいますよ」


「やめてよ、それだけは本当に嫌なんだけど……」


「あははっ!」


 思わず頭を抱えると、野乃が声を上げて笑った。


 でもまあ、野乃に恋人ができるということは、同時に元樹君にも恋人ができるということ(野乃さえOKなら、そして渉は父親のように立ちはだかってやろうと思っている)なのだろうから。


 それをまだ知らない野乃には、今のうちにたっぷり笑っていてもらおうと思う。


 ――と、リンリン。


「ちょっとちょっとー……。なんなんだよ、野乃。一緒に帰ろうって言ったのに先に帰りやがってさー。めっちゃ自転車漕いだわ、めちゃくちゃ漕いだわ……」


 涼しげに鳴るドアベルの音とともに、制服のワイシャツの襟元にパタパタと空気を送り込みながら元樹君がやって来た。


 しばらくすると嘉納さんと三川さんもフーフーと赤い顔をしながら現れて、元樹君の姿を見つけるなり「漕ぐの早すぎだから!」「あんなの普通に追いつけないよ~……」と、ぶーぶー文句を言いはじめた。