知世が消えてしばらくは彼女の帰りを待っていた時期もあった。


 どれだけ泣き出してしまいたくても、逃げ出してしまいたくても、無理やり笑顔を張り付けて店に立っていたこともあった。


 地域の人たちはそんな渉に優しかった。けれどそれが、どうしようもなくつらくもあった。


 でも、ここで店をやっているからこそ出会えた人たちがいて、一人で店に立ち続ける渉に会いに来てくれる人たちがいた。全部が全部、つらかったわけじゃなかった。


 渉は、ストローを引っこ抜き、直接グラスに口をつけて薄いブレンドを飲み干す。


「――そっか。今まで来てくれたお客様の中には、知世の言葉に共感して、代わりに様子を見に来てくれた人がいるかもしれないってことだよね。そうやって来てくれた人の中には、それをSNSに上げる人もいる。それを見た人がまた店に来てくれて……そのうち、この店は〝失恋を美味しく淹れてくれる〟って評判が出るようになったのかもね」


 そうして声に出すと、程よい苦みと効いた酸味が相まって、すーっと心が軽くなっていくような心地がした。隣で同じようにして半分ほど飲んだ野乃も言う。


「知世さんもそれを望んでいたんじゃないでしょうか。きっと今もだと思います」