「……もしかしたら、渉さんに悟らせないようにしていたのかもしれませんよね。結婚、するつもりだったんでしょう? 渉さんなら、店の開店資金とは別に結婚資金を溜めていたって驚きませんよ。そして、それに気づかない知世さんじゃなかったんです、きっと」


 くるくる。


 ストローでアイスコーヒーをかき混ぜて、野乃が言う。


「ああ……。そうだね、知世はそういう人だった。人の心の機微や痛みに敏感なのも、妙に思慮深かったりしたのも、野乃ちゃんと似たところがある。で、けっこう頑固でさぁ。相談してくれたら一緒に考えることもできたけど、それじゃあ知世は自分で自分が許せなかったのかもしれないよね。納得できたのか、そうじゃないのか……まだちょっとわからないんだけど。でも、知世の本当の気持ちが知れてよかったと思うよ」


 だいぶ氷が小さくなったグラスの中を渉もストローでかき混ぜる。


 外側には汗がびっしりだ。せっかくのオリジナルブレンドが……と思うと、ちょっと苦笑が漏れる。


「迷惑じゃ、ありませんでした……?」


「全然。知らないまま何年もモヤモヤしてるよりずっといい」


 軽く微笑むと、野乃も安心したように微笑を返してくれた。それから二人、無言で薄くなってしまったアイスコーヒーを、ちぅ、と啜る。