ふと視線を感じてそちらに顔を向けると、お迎え帰りのお母さんたちが、野乃が消えていった階段や元樹君が座っていた席、それに渉を見て、何かを聞きたそうにしていた。


 渉はほんの少しだけ苦笑すると、水の入ったピッチャーを手に、そちらへ向かう。


「さっき階段を上がっていった子は、宮内野乃ちゃんっていって、僕の親戚なんですよ。昨日からここの二階で下宿をはじめて、今日から学校に行きはじめました。さっきの元樹君と同じクラスなんだそうです。見かけたら、仲よくしてあげてくださいね」


 一人ひとりのグラスに水を足しながら、そう説明していく。


 若い世代でも、源蔵さんや息子の元樹君の名前は恋し浜界隈ではちょっとばかし通っている。


 野乃に嫌な思いをさせないためには、やはり少しくらいの牽制は必要だろう。


「そうなんですね。下宿とか、ちょっと憧れちゃいますね」


「渉さんが保護者なら、でも安心ですよね。毎日、癒されそう」


「はは。だといいんですけど」


 にっこり笑って、三度、カウンターに下がる。