おいしい失恋の淹れかた~ここは恋し浜珈琲店~

 狭いベッドの中。まどろみの途中でそう言うと、


「そうは言っても、開店の準備も着々と進んでるんだし、いつまでも人見知りのままじゃいられないでしょう? これからはコーヒーを淹れるのが渉の仕事で、それを運ぶのが私の仕事になるんだから。にこにこ愛想よくしてないと、あっという間に閉店だよ」


 もっともな正論を返してきたので、彼女があんまり可愛かった渉は、自分と彼女の間にまるで邪魔でもするかのように丸くなって眠るメンコごと、ぎゅっと抱きしめた。


 もちろん、あっという間に閉店、という恐ろしい台詞は聞こえなかったふりをして。


 ――それから間もなくだった。彼女が前触れもなくメンコごと消えてしまったのは。


 書き置きも何もないまま、まるでちょっと散歩に出かけているような感覚でいなくなってしまったので、今でも彼女の私物は渉の部屋のクローゼットに押し込まれたまま、時が止まってしまっているし、メンコの餌ももうとっくに期限が切れている。彼女の実家の住所を渉は知らなかったので、どこにも送りようがないのだ。


 少しの荷物とメンコを連れて、彼女は一体、どこへ行ったというのだろうか。