彼女が突然いなくなったのは、いよいよ再来週には仮オープンできるだろうと目処が立った頃のことだった。


 事故に遭ってから人と話すことを苦手としてきた彼女は、恋し浜に越してきた際のご近所への挨拶も、家の一階を店舗に改装する際に出入りする業者や渉の知り合いにも、あまり積極的に話しかけたりはせず、いつも渉の半歩後ろからちょこちょこと挨拶したり会話を交わしたりしていて。


 でもそれは、記憶を失くしてからは今にはじまったことではないわけで、渉も別段気にすることはなかったし、周りの人たちも、人見知りなんだね、慣れたら大丈夫だから、という認識で一致していた。


 何より彼女本人が、人見知りをなくそうと一生懸命に努力していたことを渉は知っている。それでよく会社員時代は支障なく仕事ができていたと感心したものだが、彼女曰く、


「仕事のときは演じてるから。でも、スーツを脱げば全然ダメね」


 なんだそうで、なるほど、彼女は誰よりも女優だったというだけのことだった。


「でも、無理に克服しようとしなくていいんじゃない? 近所の人たちも特に気にしてるようでもなかったし、知世には知世のペースがあるんだから」