「普通が多くない?」


「あんまり語彙力がないんだよ」


「大学まで出てるのに?」


「そういうこと言わない。私、昔から国語系は弱かったんだから」


「国語系って……母国語じゃん」


「うるさい」


 そんな会話をしつつ、渉もその家を見上げる。


 そのときふと、やけに鮮明にここでコーヒー店を営む自分たちの姿が見えたのは――今となっては直接本人に話すこともできなければ、その片割れは今どこでどうしているのかも、まったくわからないのだから、あの日のあの瞬間だけの、雪が渉にだけ見せた幻想だったのだろう。


 しかしその二年後には、恋し浜でコーヒー店をやりたいと言って勤めていた会社をすっぱり辞めた渉に彼女も付き合ってくれたのだから、少なくともこのときまでは、あの日、雪の中で見た自分たちの姿は本物だったと。


 渉はそう思っている。