たまに休みが合うと、喫茶店のバイトで覚えたコーヒー淹れ方を、渉は彼女によく披露した。


 彼女はそれに「上手だね」「美味しい」といつも新鮮な感想をくれて、そのたびに渉も新鮮な嬉しさが込み上げたし、ゆくゆくは彼女と二人でのんびりとコーヒー店を営めたらいいなという、漠然とした夢を持つようになっていった。


 彼女が猫を飼いはじめたのは、渉が就職して三年目の秋のことだった。


 珍しく連絡もなしに渉の部屋を訪れた彼女は、その日、かなり切羽詰まっていて、どうしたんだと訳を聞くと「猫を拾って。でも衰弱しきってて……」と、今にも泣き出しそうな顔で言った。


 生まれて間もない子猫だ。


 彼女の腕の中でぐったりしている子猫は、かろうじて息はしているものの、素人の渉にも危険な状況であることは十分に察しがつくものだった。


 狼狽する彼女と子猫を連れて夜間診療の動物病院へ駆け込む。


 結果的にその子は〝メンコ〟(昭和の子供たちがこよなく愛したあのメンコではなく、彼女の好物の明太子からきている)と名付けられ、治療が終わると彼女に引き取られたのだから、九死に一生を得たということになる。