そう言って去っていく先輩に、このとき渉は「はあ……」という生返事しかできなかった。気になると言えば気になるが、どうしてもというほどでもない。


 だって大学には何千人という生徒が在籍しているのだ、そういう先輩もいるんだな、くらいの認識は確かに持ったけれど、生活費の足しにしようと思ってはじめた喫茶店でのバイトもあったし、講義もあった、サークル活動だってそれなりに忙しいし、試験だって普通にある。常に彼女のことを考えている時間もなかったし、キャンパス内はマンモスだった。


 そんなふうにして日々に忙殺されているうちに、彼女のことは数日に一度程度に思い出すようになり、一週間に一度、一ヵ月に一度というように思い出す頻度も減っていった。


 最終的には夏合宿前のサークルの部室で顔を合わせても思い出さなくなり、春先の突飛な天体観測のことなんて、渉の頭の中からすっぽりと抜け落ちていたのだった。


 しかしその偏見は、思わぬ形で正しかったと証明されることになる。


「外舘君と一緒にいたら、思い出せるかもしれない」