口の中いっぱいに広がった桃の甘みや、感想を言っているそばからフォークを伝って滴り落ちてくる果汁は、本当に瑞々しい。


 まるでこの子たちのようだと渉は思う。ぎゅっと詰まった甘さと、はち切れんばかりの瑞々しさ。喉を過ぎればわずかに残る、桃独特のあの渋み。


 みんな、この桃の味も大人になっても忘れないのだろう。あのとき飲んだ、渉の壊滅的に先鋭的だったラテアートのクマと、その味も。


 そのとき、リンリンと店のドアベルが鳴り、一人のお客様が入ってきた。渉はさっと席を立つと、いつもの少しおかしな台詞でお出迎えする。


「いらっしゃいませ。ここは恋し浜珈琲店です、お好きな席へどうぞ」


「……あの、失恋を美味しく淹れてくれるってブログで見たんですけど」


「はい、あ、いえ。僕はただお客様にコーヒーをお出しするだけですので。でも、お話ししてすっきりすることもあります。よかったらお聞かせください」


 ほっとしたように緊張した顔をほころばせたその人は、野乃たちに軽く会釈をすると窓際の席へ腰を下ろした。


 オーダーはカプチーノ。練習に練習を重ね、リーフの形ならなんとかそれらしく描けるようになった渉は、それを銀盆へ乗せ、お客様のもとへと運ぶ。