「逃げてきたって思わないんですか?」


「全然。それとも、ここに来たことを後悔してるの?」


「してません! してないです、一つも!」


「じゃあ、いいじゃん。野乃ちゃんにはこの環境が合ってるんだよ」


「でも……」


 そうしてたっぷりの質問と、たっぷりの答えを探す間を取ったあと。


「じゃあ、私も話します。そしたら二人でコーヒーを飲みましょう」


 切なく笑って、小さく頷いてくれた。



 とはいえ、野乃は本当に疲れていたようで、急いで晩ご飯の支度をしている数十分の間に眠たそうにぼーっとしはじめ、それでもなんとかエネルギーを補給すると、今度は満腹感も手伝って「少し部屋で休んできます……」と二階へ上がったきり、なかなか降りてこなかった。


 様子を見に行けば、ジャージ姿のままベッドにうつ伏せに沈み込み、穏やかな寝息を立てている。


 本当によっぽど疲れていたのだろう。渉は、ふふと微笑みながら野乃に布団をかけてやると、電気を消し、そっと部屋のドアを閉めた。