それでも野乃が「今日も学校には来てるんですけど、校庭にはいなくて」と渉に言ったということは、野乃は渉に背中を押してもらいたかったんだろうし、そもそも彼女を嫌っていたら出てくるはずのない台詞だと思う。


 そばにいられると苦しいのは、それだけ元樹君や嘉納さんに愛情を持っているということ。


 予防線を張るのは、自分が傷つかないためではなく、不用意に相手を傷つけないようにするための野乃の精いっぱいの強がりだ。


「うん。ゆっくりでいいよ。言ってみて」


「私は、三川さんを……」


 自分の胸の内は明かさないのに野乃にだけそうさせるのは実にアンフェアで姑息だ。それは痛いくらいにわかっている。でも、もう少しで野乃の中に張った薄氷が溶けていくような、そんな気がしてならないのだ。


 今なら。あるいは、今しかないのかもしれない。この偶然預かることになった野乃と一緒なら……。


 渉も、その人の最後の顔を脳裏に思い浮かべながら、自分の中にも張っている氷にヒビを入れはじめる。


 そうしていると、野乃の目が昇降口の向こうに伸びる廊下に走った。


 それとほぼ同時に、わずかに右足が前に出る。