梅雨の時季にわざわざ遠出してまでコーヒーを飲みに来るお客様は、残念ながら恋し浜珈琲店では稀有な存在だ。


 それが示す通り店内はがらんとしていて、元樹君と嘉納さんがいたときは野乃ともそれなりに話はできたが、二人きりになるとどう声をかけたらいいかさっぱりわからなくなってしまい、渉はアイスコーヒーのグラスをいつもよりだいぶ時間をかけて洗うという、ひどく大人げない時間稼ぎの策を講じてしまった。


 さっきはああ言っていたけど、本当に大丈夫? 疲れてない? 無理してない? 学校は楽しい?


 ……聞きたいことは山ほどあるはずなのに、そのどれもが喉の奥までせり上がったきり最後はどうしても飲み込まれて、野乃の耳には一つも届かない。


 性急すぎたのだと今ならわかる。野乃はまだ人に話してもいいと思えるまでには、心は回復していなかったのだ。


 学校に慣れてきたように見えていても、毎朝しゃんと背筋を伸ばして登校しているように見えていても。笑ったり、よく食べたり、元樹君に辛口をきいていても、本当の野乃の心は、触れればすぐに壊れてしまうほど、まだまだ繊細なのだ。