どんな顔で言ったんだろう。どんな気持ちでここにいるんだろう。考えるけれど、十年前の幼い野乃がこぼした屈託のない笑顔も、このときの渉は思い出せなかった。


「いってらっしゃい」


 笑って言ったつもりだったけれど、上手く笑えていたか、自信がない。でも、野乃には笑っていてほしいのに、それを奪った渉には、笑顔で送り出す資格などあるはずもない。



 やがて上辺だけの会話をするようになってから一週間が過ぎ、二週間が過ぎた。


 邦陽高校では六月中旬に体育祭があるとかで、部活に入っていない人の中から決められたという体育祭実行委員になった野乃は、自分が出る競技の練習や委員の仕事で帰宅時間が今までよりぐんと遅くなる日々が続いている。


 元樹君もまた、実行委員に決まったそうで、いつも律義に野乃を送ってくれ、渉は有難いやら申し訳ないやらといった心境だ。


「……野乃、気の強い女子に無理やり委員にさせられたんですよ。早く学校やクラスに馴染んでもらいたいから、なんてもっともらしいことを言って野乃を推薦してましたけど、あれ、完全にやっかみです。野乃と何があったのかは聞きませんけど、つらそうにしてると思ったら、ちゃんと声かけてやってください。あいつきっと、渉さんから声をかけてもらうのを待ってます。淡々としてるように見えて、いっぱいいっぱいなんです」