けれど。


「渉さんは聞かないでいてくれる人だと思ってたのに……!」


 当然、野乃は激しく感情をあらわにした。ダンっ、とテーブルに手を付くと、食べかけのカツが皿の中で踊り、味噌汁が椀の中で大きく波打った。


 勢いよく椅子をなぎ倒すと、


「渉さんのほうこそ、私に隠しごとがあるんじゃないんですか? まるで僧侶みたいにストイックに店を切り盛りしてますけど、父も母も、渉さんがどうしてここでコーヒー店をやっているか、本当のところは知らなかった! それは、どうしても人には言いたくないことだからです! それを聞いて、私と同じだって思いました。だから安心しました。それなのに私には話せって……そんなの、ずるいですよっ!」


「あっ、野乃ちゃ――」


「ごちそうさまでしたっ。残りはくるんでおいてください、あとで食べますからっ」


 嵐のような勢いで店内を突っ切ると、階段を上がって部屋に行ってしまった。


「はぁ……」


 野乃が消えた先を見つめて、なんとも言えないため息が漏れた。額に手をやりゴリゴリと頭を振ると、眼鏡がずり落ちて視界がぼやける。


「ずるい、か……」