――ここは野乃のための宿り木だ。すっかり根を下ろしてしまい、もう自分では動きようのない渉の代わりに。彼女にはどうしても、羽ばたいてもらう必要がある。


「あ、あの……あの、私……」


 野乃の表情がみるみる硬直し、蒼白になっていくのは見ていてつらかった。喉に異物が詰まったように息苦しく言葉を紡ごうとしている彼女を見ていて、胸が抉られる。


 なにもこんなときに言わなくてもいいだろう、まだ若干十六歳の野乃に自分の願望を重ねるなんてどうかしている、と頭の中でもう一人の自分が激しく自分に憤っていた。


 でも。


「――前の学校で何があったか、俺は聞きたいよ」


 これを聞かないわけにはいかなかった。


 聞いてしまったら終わりだと思ってきたが、いつまでも誰も触れないというわけには、どうしてもいかないことだ。大切だと思うからこそ、見守るだけじゃいけないことも、世の中にはたくさんある。


「俺だって野乃ちゃんみたいに、野乃ちゃんの背中を押してあげたい。もっと頼って。俺のこと。こんなにひょろひょろじゃ、どうにも頼りないかもしれないけど、コーヒーを淹れるのだけは上手いんだ。野乃ちゃんは、笑った顔が一番可愛い」