「いや、変な意味じゃないんだ。俺のことを覚えていて、頼ってくれたのは嬉しい。もちろん野乃ちゃんがこのままここにいたいって言うなら、俺は手放しで大歓迎だよ。でも、どうにもならない恋があったのも、事実なんでしょう……?  ここは『恋し浜珈琲店』。そして、俺のところには失くした恋を抱えた人が来る。話しておきたいことはない? 俺は野乃ちゃんに心から美味しいって思ってもらえるようなコーヒーを淹れたいんだ。再会したときから、ずっとそう思ってるよ。だから――」


 だからこそ、野乃にはもっと笑顔になってほしいと思う。妙に堂に入ったような、達観したことなんて言わないで、もっともっと自由に、わがままになってほしい。見ていて苦しくなるほど失くした恋を抱えた人たちに寄り添い、そっと手を貸すだけじゃなくて。


 自分でも元樹君でもいい。誰かに手を伸ばして、その手を取ってくれた人の手を何も考えずに借りてほしいと、今、切実にそう思う。


 野乃は人一倍、人の心の機微や痛みに敏感な子だから。 それはときに、彼女のほうこそ苦しくなってしまうこともあるはずだから。


 なんとかしてその背中を押してやりたいと思う。そしてそれは、失恋した人を呼び寄せてしまう不思議な引力を持っている渉だからこそできることでもあると思う。