「苦いエスプレッソに、山盛り一杯の砂糖……溶け残ったそれを食べたら、ほろ苦くもあるんでしょうね。弘人さんも、そんなふうにエスプレッソを飲んでいたんでしょうか」
「どうだろうね。知っていた可能性は高いとは思うけど、そうだったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない。俺たちには想像することしかできないよ」
「そうですよね。でも、誰が悪いとか、誰が正しいとか、そういうのがない恋もあるんですよね。過去はどんなに頑張っても消しようがありません。生きてる限り、私たちは過去と未来の間を進んでいくしかないんです。大きな失恋は、それだけその人の時間を止めてしまうように思うけど、そんな中でも、ちゃんと進んでいるんですよね」
「うん。だからこそ、立ち止まる時間も必要かもしれないね。変えようがない過去を見つめる時間と、それでも進んでいってしまう時間とのジレンマを抱えながら、いつかまた、ちゃんと前を向いて歩いて行けるようになるまで。例えば、コーヒーを飲んだり、こうして他愛ない話をしながらご飯を食べたり。時間はかかっても、思い出にするために」
「はい」
こくりと頷く野乃に、渉はまた、眼鏡の奥の目を細める。