「そう」


 野乃がにっこり笑う。それにつられて、渉も眼鏡の奥の目を細めて笑った。


 ふと窓の外に目をやると、いつの間にか虹は消えていた。その代わり、少しずつ夜の帳を下ろしていく東の空にせっかちな星が一つだけ、キラキラと輝きはじめていた。


「さあ、今日は何のご飯にしよう?」


「そうですね……景気づけって言ったら変ですけど、カツが食べたいですかね。確か豚ロースがあったと思うし、なんだか元気が出そうな気がしませんか?」


「うん、わかった。じゃあ今夜は高カロリー食にしようか」


「はい」


 野乃をカウンターの中に招き入れ、渉は弘人さんのカップを洗う。その横で野乃が慣れた手つきでざるを取り出し、米びつから米を量っていく。


 今日は渉自身にもちょっと信じられないようなことが起こったが、まあこんな日もあるさと、綺麗に洗い終わったカップを布巾で拭きながら渉は思う。


 人を大切に思う気持ちは、生きている人も亡くなった人もきっと同じだ。


 誰も入れていないはずの弘人さんのカップに残った砂糖を見て温かい気持ちになったのは、野乃が、こじつけでも何でも、生前の彼の思いを二人に伝えたからなのではないかと思う。