――でも。


 そう思ったとき、渉はふと、なぜ拓真君が店に入ってきたときにドアベルの音を聞き逃してしまったのかがわかり、小さく「……あ」と声をもらした。


「え? どうかしました?」


 カウンターに駆け寄ってくる野乃にあるものを見せながら、渉は微笑む。


「ううん。弘人さん用に淹れたエスプレッソの底に溶け残った砂糖があるんだけど、珠希さんも拓真君も、もちろん俺たちも、弘人さんのカップには触ってないでしょう?」


「……は、はい。でも、え、それって……」


「うん。たぶんだけど、二人をここに呼んだのは弘人さんなんだと思うんだ。そして、エスプレッソを飲んでいった。珠希さんのことも拓真君のことも心配でしょうがなかったんじゃないかな。珠希さんが前に進もうとしているところを見たら、拓真君も前を向けるかもしれないよね? その思いが、この砂糖なんじゃないかなって思う」


「……」


 目を瞠る野乃に、渉はふふ、と笑って続ける。