「……え。ああ、弘人さんが亡くなる前に言ってたことなんですけど。妙なんですよね、失恋したらどこかの浜の小さなコーヒー店でエスプレッソが飲みたいって。そのときは言ってる意味がわからなかったんですけど、人づてに珠希さんが美容室を辞めたことを聞いて、急にそのことを思い出して。弘人さん、自分でエスプレッソマシンを買っちゃうくらい好きだったんで、それで、どうにも胸が騒いだんです。で、実際に珠希さんの行き先を突き留めたら、ここで。この店で待ってたら珠希さんに会えるかもしれないと思ってエスプレッソを飲みながら待ってたら、本当に珠希さんが現れるし……。弘人さんのことで伝えなきゃいけないことっていうのは、珠希さんには幸せになってほしい、って。そう、なんの脈絡もなく言ってたことなんです。だからもう、何がなんだか……」


 ふいに野乃に尋ねられて、拓真君は目を瞬かせながらも事情を説明していく。


 終始、キツネにつままれたような顔だった。珠希さんも渉も元樹君も、ぽかんと口を開ける。


 しかし野乃だけは、納得したというように深く頷く。


「想像でしかないんですけど、弘人さんはもともと、珠希さんから身を引くつもりだったんだと思います。ところで珠希さん。担任の先生と弘人さんは、面識は……?」