しかし、渉がコーヒーを淹れはじめても、口を開く人は誰もいなかった。渉も含めて五人ぶんを用意する音が静かに店内に響くだけで、それ以外は耳に痛い静寂が広がる。


 でも、当然だった。軽々しく口なんて開けない。


 少しして、野乃と元樹君にはホットカフェオレを、迷って珠希さんと拓真君にはエスプレッソを運ぶ。渉もエスプレッソだ。


 弘人さんとの思い出のあるエスプレッソを二人にまた淹れてもいいのだろうかと悩んだのだけれど、手が勝手にエスプレッソマシンに伸びていたので、迷うくらいならいっそ淹れてしまおうと腹が決まったのだ。


「――あの、珠希さん」


 エスプレッソを口に運ぶと、意を決したように拓真君が声を発した。


 野乃たちに連れられて珠希さんが座った席は拓真君からすると後ろを向かなければ見えない席だ。拓真君はそちらを向いて膝に置いた手を固く握りしめながら、じっと珠希さんを窺う。


 渉は腰を浮かしかけたが、拓真君に目で制されてしまった。


 珠希さんにはまだ野乃たちがついていたほうがいいとは思う。けれど、拓真君もまた、他人がいたほうが話しやすいこともあるのかもしれない。