どこにでもありそうな海沿いの小さな町。海を間近で臨めるその場所に、まるで絵本の中から抜け出てきたような可愛らしいログハウス風の店がある。
店の名前は【恋し浜珈琲店】。
地名にどんな商売をしているのかをくっつけただけの、なんの捻りもない店の名前だけれど、そこからはいつもコーヒーのいい香りが潮風に乗って漂う。
店員はひとり。二十代後半の、黒髪で痩身で眼鏡がよく似合う男性だ。
リンリン、と来客を知らせるベルが鳴れば、彼は眼鏡の奥の柔和な瞳をふっと細めて、
「いらっしゃいませ、ここは恋し浜珈琲店です。お好きな席へどうぞ」
カウンターの奥からにっこりと笑いかける。
今日もまた、コーヒーを飲みに来た客が、ひとり。
「――あの、失恋を美味しく淹れてくれるって聞いてきたんですけど」
「はい。ここは恋し浜珈琲店ですから。美味しく失恋を淹れて差し上げます」
そう尋ねたその人に、彼はまた、ふっと笑う。