日野は新聞配達のアルバイトをしていた。

 毎朝毎朝、学校に来る前に原付で自分の担当のエリアに新聞を届けるそれは聞くところによるとハードだったらしい。

 夏の朝は太陽が早くに仕事をするけど、冬は怠慢で夜が長いから困るんだと、誰より早く学校に着いて貴重な学生の朝休みを睡眠にあてていた日野は、しかし私の末端冷え性攻撃で朝を迎えることとなる。



『おはよう旦那』

『ゔっ!』

 末端冷え性攻撃とは、文字通り手足の冷たい私が容赦なく日野の首に手を当てて現実に引き戻すそれである。

 冬場になると学ランの下にパーカーを着ている日野の、その背中に一気に手を突っ込んでやると前に女の子みたいな悲鳴をあげたので、こっぴどく叱られてそれ以降は首に当てるようになった。


『多香』

『お眠なのかえ』

『激ねむ。三途の河渡りかけた』

『そりゃ良かった』


 あたたかい日野の手は、私の冷たい手をぎゅっと握るとそれきり適当に追い払う。私もそれ以降は触れず、代わりに日野の隣の席のクラスメイトAの机に座って足でげしげししていると、やめてそれといなされる。

 そんな毎日だった。他のバイトを掛け持ちしていたのかどうかはよく知らない。ただ週に二回は必ず昼登校という、重役出勤を果たす日野は昼休みあくびまじりにやってきて、私の席の後ろに座って


 それから必ず私のポニーテールを弄ぶ。


『馬のしっぽ』

『それがポニーテール』

『ふふ』

『ふふじゃなくてやめれ。くすぐったい』

『多香の毛はあれだな』

『うん』

『馬っつーか蜘蛛の糸』