「颯太…颯太!」


 今日は朝から調子が良かったし、散歩にまで行くとかいってたから平気だと思ってた。が、過信しすぎだったらしい。帰宅するなりヒステリーを起こす母を見て、おれは立ち上がり、多香は目を丸くする。


「どったの」

「母親。なに、母さん」

「薬が…薬がなくなったの」

「薬なら朝飲んでたじゃん」

「あいつにまた盗まれたのかも」

「誰も盗んでなんかないって」


 ああでもないこうでもない。そんなやりとりがあってから、母は奥に座っていた多香に一瞥をくれるとそれきり隣の和室に入り襖を閉めた。
 …薬の効果はあるのだろうか。前進はしているのだろうか。脳裏を過る一抹の不安はそれでも悟られないように目だけで母親を追うと、足取りはクッションを抱き締めたままのそいつの所へと赴く。


「おかえり」

「ただいま」

「帰ったほうが?」

「いやいい。てかむしろいて」

「ラジャ」

 クッションを抱き締めた多香の、間の抜けた返事と気の抜けた敬礼。それにワンテンポ遅れて敬礼で返すも、隣から何かをぶつぶつと呟く声がしたときは、なんでだろうな。ここは天竺のはずなのに。


「やっぱ外行こ、多香」

 おれはここから逃げ出したくなった。






「お母さん大丈夫?」

「ここ?」

 あてもなくふらふらと、頼りない足取りで前だか後ろだかよくわからないままに歩くおれの手を引いて、こっちだと誘導する人間が出来たのはいつからか。
 自嘲気味にこめかみを指で抑える俺に、多香が曖昧に返事をするから。言葉を探すのも面倒になった。

「うーん。控えめに言ってヤバい」

「マジでか」

「リアクションが昭和」

 手を顔の横に広げて驚く彼女は、その言葉に今度はこつん☆と昭和リアクションver.2をお見舞いしてくる。
 可愛いアイドルがするそれならいくらマシだったか。考えることが山ほどあるのに、考えたくなくてそれを放棄していると、現実逃避になるのだろうか。

 先生に母さんの容態の結果も聞かなければ、なんてぼんやりしていたら赤信号を渡りそうになっていて、多香に手を取られてハッとする。