「もしかして、青空クラス?」


続けてそう聞かれて、あたしは目を見開いて真由子を見つめた。


真由子はさっきまでと変わらぬ笑顔だ。


「なんで青空クラスを知ってるの?」


「なんでって、あたしたちも何度か行った事があるから。ね、美羽」


真由子にそう言われて、美も頷いた。


「そうだよ。あたしたちも教室に居づらい時があって、工藤先生が来ないかって声をかけてくれたの」


そうだったんだ……。


っていうか、教室に居づらい時って、きっとあたしや栞奈のせいなんだろうな。


「ごめん……」


俯いてそう言うと、真由子と美羽は同時に左右に首を振った。
「おかげで青空クラスがあるって知れて、心が楽になったんだよ」


真由子の言葉にあたしは顔を上げた。


その表情には一点の曇りもなく、嘘はついていない様子だ。


「教室以外にも居場所はある。そう思うと、自然と教室に戻る事ができたよね」


過去を思い出すように美羽が言う。


「そうだったんだ……」


2人はあたしが知らない間に沢山の葛藤をして、そして前に進んでいたようだ。


今のあたしとは大違い。


「ね、文字は読めるようになった?」


美羽があたしの顔を覗き込んでそう聞いて来た。


「あぁ……うん。少しずつね」


文字はまだ歪んで見える事が多かった。


それでも、当初に比べれば意味を理解できるようになりつつある。
薬のおかげなのかもしれない。


「よかった! それが心配だったんだよね」


心底ア安心したようにそう言う美羽に、あたしは戸惑ってしまう。


あたしは、自分のことをイジッていたクラスメートに対して、そんな風に優しくはなれない。


栞奈や美月のことを本気で心配なんてできない。


「……ありがとう美羽」


あたしはそう言い、真っ直ぐな美羽から視線を逸らせた。


「大丈夫だよ。あたしたちは教室で菜々花の帰りを待ってるからね」


真由子にそう言われ、あたしは曖昧な返事しかできずに家に入って行ったのだった。
翌日。


あたしは約束通り早めに家を出て学校へ向かった。


まだ行きかう生徒たちも少なくて、なんだか自分が特別なことをしているように思えて来る。


「おはよう」


そう声をかけながら旧校舎の屋上を開ける。


「おはよ~!」


戻って来た元気な声はみゆなのものだった。


昨日買った物たちをブルーシートの上に並べて行っている。


「結構沢山買ったなぁ」


ブルーシートの上に並べられた小道具たちを見て源太が言う。


折り紙や風船やクラッカー。


おもしろメガネなんかも買った。
どれも百円均一で調達したものだから、金額は大したことなかった。


「これだけ盛大だと、工藤先生も喜ぶだろうね」


穂香がそう言い、風船を膨らませ始めた。


風で飛んで行ってしまわないよう、ちゃんと紐が付けられている。


あたしはしぼんだままのピンク色の風船に手を伸ばした。


主導の空気入れを手に、膨らませていく。


「昨日、クラスメートに会ったよ」


風船を膨らませながら、あたしは言った。


みゆなと穂香がこちらへ視線を向けて来たので、2人へ向けて左右に首を振った。


「家に帰ったときにね、玄関の前に立ってたの」


「それってもしかして……」


「ううん。栞奈たちじゃなくて、他の子」


あたしの言葉にみゆながホッとしたように息を吐きだした。


「あたし、その子たちのことをイジメてたんだよね」
風船には徐々に空気が入りはじめ、膨らんでいく。


「それなのに、教室で待ってるって言うの」


あたしは手を休めずに、風船に空気を入れていく。


しぼんでいた風船は、今はまぁるくなりはじめていた。


「あたしは教室に戻っても、きっと1人じゃない」


そう言った時、空気が一杯に入った風船があたしの手から離れて行った。


紐の端が結ばれていなかった風船は、青空高くへと舞い上がって行く。


あたしはそれを見上げて、空の眩しさに目を細めた。


「あ~あ、一個飛んでいったな」


健太がそう言い、グリーンの風船に手を伸ばす。


「ごめん」


「いや、風船って元々そういうもんだし」


健太はなんでもないことのようにそう言って、グリーンの風船を膨らませ始めた。


見ると、紐の端っこはちゃんと重しが付けられていて飛んでいかないようにしている。


「健太の風船は、飛んで行かないの?」


そう聞くと、健太は「飛んでいかないよ。ずっとここにいる」と、抑揚のない声で言った。
その言葉がなんだか悲しくて、あたしは半分ムキになって質問を続けた。


「みんなの風船が飛んで行っても?」


「俺の風船は飛んでいなかい。だって、ちゃんと重しを付けてるからな」


そう言って、健太は風船を膨らまし終えた。


健太が言っていた通り、グリーンの風船はその場にとどまってフワフワと浮いているだけだった。
☆☆☆

「工藤先生が来た!」


入口で外の様子を確認していた有馬がそう言って、走って戻って来た。


全員横に並び、クラッカーを手にして工藤先生の登場を待つ。


「こういうのした事ないからドキドキする」


あたしがそう呟いた次の瞬間、屋上のドアが開いた。


工藤先生の姿が見えると同時に盛大にクラッカーが鳴りひびく。


「工藤先生誕生日おめでとうございます!!」


6人分の声が空気を震わせ、工藤先生は驚いた表情で立ちどまった。


「今日って……そうか、俺の誕生日か!」


どうやら工藤先生は自分の誕生日をすっかり忘れてしまっていたようだ。


あたしとみゆなは工藤先生の手を左右から握り、簡易的なパーティー会場の中央へと連れて来た。
長いテーブルと木製の椅子は使われていない教室から拝借してきた。


その上にはホールのケーキが用意され、すでにロウソクに火も灯っている。


誰ともなく、手拍子と共にハッピーバースデーを歌い始めた。


「工藤先生、ロウソクを吹き消してください」


穂香がそう言うと、工藤先生は照れくさそうに笑いながらケーキへと近づいて行く。


そして、一気に炎を吹き消した。


「なんだよ。こんなの用意してたなら、知らせてくれよなぁ」


工藤先生はそう言いながら、目頭をぬぐった。


「泣くほど嬉しかった?」


健太にそう聞かれて「泣いてねぇよ」と言い返している。


「工藤先生。これ、あたしたちからのプレゼントです」


あたしはそう言い、昨日購入したばかりのプレゼントを袋から取り出した。