「どこ行く?」
あたしは栞奈へ向けてすぐにそう聞いた。
「カラオケとかどう?」
栞奈が手をグーにしてマイクを握る素振りをして見せた。
「いいね! 行こうか」
「今日もお金ないけど」
「いいじゃん別に。その辺の男を捕まえれば」
あたしはそう言って鞄を掴んで栞奈と2人で教室を出た。
バイトもしてない、部活もしてない。
だけど家には帰りたくない。
遊ぶにはお金がかかる。
そうなると、女子高生というブランドが役に立つ。
制服を着て歩いているだけでいくらでも男が近づいて来て、一緒に遊んであげれば支払いはすべて持ってくれる。
けれど、それには制限時間があった。
高校に通っている3年間だ。
自分自身がブランドになれるのはたったの3年間。
それを過ぎればただの女性になってしまう。
そうなる前に、使える物を使うのは当たり前だと感じていた。
「あ……」
今日も2人の男をひっかけてカラオケへ来ていた時、トイレでバッタリと同級生に出くわしてしまった。
別に後ろめたい事なんてしてない。
ただカラオケに来ただけだ。
けれど、あたしを見た瞬間1人の同級生は視線を逸らせた。
もう1人はコソコソと隣の子に耳打ちをして、もう1人は蔑んだ目をあたしへ向ける。
自分が何を言われてどんな目で見られているか、聞かなくても理解できた。
「なに?」
あたしはあえて自分からそう声をかけた。
すると同級生たちは黙り込み、あたしかあら逃げるようにトイレから出た。
自分が威圧的な態度を取っていることはわかっている。
それが原因で逃げたのだと言うことも。
けれど、同級生たちの態度にイラついている自分がいた。
鏡の前に立ち、自分の顔を見ると目と眉が吊り上がっている。
「他人のことなんて、どうでもいいし」
あたしは鏡の中の自分にそう言い、トイレを出たのだった。
カラオケから帰ると、午後8時を過ぎた頃だった。
キッチンからは夕食の匂いが立ち込めていて、すでに両親は食卓に座っている状態だった。
「先に食べたらいいのに」
手を洗ってキッチンへ入ると同時に、あたしはそう言った。
「何時だと思ってる」
腕組みをして椅子に座る父親が、不機嫌そうな声でそう言った。
いいじゃん別に。バイトしてる子なんてもっと遅い時間まで外にいるし」
「お前はバイトもせずに遊んでるだけだろう!」
バンッとテーブルを叩いて怒鳴る父親に、あたしの食欲は一瞬にして消えて行ってしまった。
「そうよ。バイトも部活もしないで遊ぶなら、家に帰って勉強しなさい」
母親は呆れ顔でそう言う。
あたしの食欲はますます減退し、目の前のハンバーグの香りに吐き気がしてきた。
良く晴れた休日に、自室にこもって勉強していたことをこの両親は見ていない。
勉強を頑張っても当たり前だと言われて、勉強していないと怒られる。
教師をしている父親からそんなことを言われるのは日常茶飯事だった。
「もういい」
あたしは短く言い、席を立った。
すぐにこの場を後にしないと、本当に吐いてしまいそうだった。
「ちょっと、ご飯は?」
「いらない」
そう答えて後ろ手にキッチンのドアを閉める。
途端に聞こえてくる父親の文句の声。
『お前の育て方が悪い』
『俺は仕事で忙しいのに』
そんな言葉から逃げるように、あたしは大きな足音を響かせて階段を駆け上がったのだった。
☆☆☆
結局両親はあたしのことを心配しているのではなく、世間の目を気にしているのだ。
高校入試に失敗したあの時からあたしはずっとそう感じていた。
有名高校の教師である父親。
その娘のあたしが入試に失敗したなんて、父のプライドが許さないのだろう。
青南高校に入学するとき、成績は常に学年5位以内であることを約束された。
そうでなければすぐに高校を自主退学させられ、大学入試への勉強を始めさせられることになる。
父親からすれば、青南高校での勉強なんて無意味なことなのだろう。
あたしは吐き気をこらえて教科書を取り出したのだった。
☆☆☆
翌日もいい天気だった。
学校までの行き帰りでジットリと汗がにじんでくる。
「おはよう栞奈」
教室へ入り、先に登校して来ていた栞奈にそう声をかける。
しかし、栞奈から返事はなかった。
どうしたんだろうかと思いながら、自分の席に座って鞄を下ろした。
「ねぇ菜々花」
そう声が聞こえてきて振り向くと、いつの間にか栞奈があたしの後ろに立っていた。
さっきは挨拶をしても返事がなかったのにと、苦笑いを浮かべる。
栞奈は気分屋なところがあるからだろう。
「なに?」
「ちょっといい?」
その声は低く、栞奈から笑顔もない。
いつもと違う雰囲気であることに気が付いた。
栞奈の後ろには今田美月(イマダ ミツキ)の姿もあった。
あたしと栞奈、その下のグループのいる子だ。
「なに? 話?」
あたしは笑顔を消して2人を見比べた。
グループの違う2人が一緒にいるところなんて、滅多にみたことがなかった。
「いいから、来なよ」
美月にそう言われ、あたしは怪訝な顔を浮かべて立ち上がった。
なにかよくない雰囲気がある。
でも、栞奈とは昨日も一緒にカラオケへ行ったのだ。
きっと大丈夫だろう。
そう思い、あたしは席を立ったのだった。
向かった先は女子トイレだった。
あたしたち3人の他に生徒の姿はない。
「なに?」
あたしはできるだけ明るい声でそう言った。
しかし、栞奈には相変わらず笑顔がなかった。
「龍一に告白されたんでしょ」
そう言ったのは美月だった。
あたしは目を見開いて美月を見る。
「なんで……?」
あの告白のことは誰にも言っていない。
なのに、どうして知ってるんだろう。
「あたし見てたんだよね」
美月がそう言ったので、あたしはすべてを理解した。