「いいじゃん灰色! ゾンビっぽくてさ」


あたしはそう言いながら席を立って栞奈に近づいた。


「あはは! 言えてる!」


栞奈はあたしの言葉にまた大笑いだ。


メンバーにあたしが加わったことで真由子から笑顔が消えた。


さすがに、大人数で囲まれるとキツイみたいだ。


でも、そんなことあたしには関係なかった。


昨日聞いた両親の怒鳴り声をかき消すように、大きな笑い声を上げる。


「この色って美羽にも似合うんじゃない?」


あたしは机で漫画を読んでいる伊吹美羽(イブキ ミウ)へ視線を向けてそう言った。


美羽と真由子は仲が良く、いつも2人で行動している。
美羽はビクリと体を振るわせてこちらへ視線を向けた。


「いいねぇ! 2人でお揃いの爪にしちゃえ!」


栞奈が面白がって美羽の手を引いて来た。


「あ、あたしはネイルなんて……」


美羽が消え入りそうな声で言う。


そんなにビクビクしなくてもいいのに。


そう思いながらも、美羽の反応がおかしくてたまらない。


「友達がやってんだから、別にいいでしょ」


あたしはそう言い灰色のネイルを栞奈から受け取った。


「ちょっと……!」


嫌がる美羽の手を栞奈が机に押さえつけた。


ネイルの蓋を開けるとシンナーの臭いがツンッと鼻を刺激した。
周囲から迷惑そうな声が上がる。


そんなことも気にならなかった。


あたしは嫌がる美羽の爪に灰色のネイルを落とした。


たっぷりと、指につくくらい。


「ちょっと、それは……」


咄嗟に真由子が止めに入るけれど、あたしは止めなかった。


美羽の指がどんどん灰色に染まって行き、栞奈の笑い声がこだまする。


あたしはシンナー中毒にでもなってしまったのだろうか?


自分のしていることを止めることができなくなっていた。


無心になって美羽の爪や指を灰色に染め上げて行く。


そうしている間は、家の中での嫌な出来事を忘れることができた。
今朝のことがあったからか、真由子と美羽の2人は授業の最中教室にはいなかった。


「ちょっとやり過ぎたかなぁ?」


昼休憩になっても戻ってこない2人に、栞奈がそう言って来た。


その表情は笑っている。


「綺麗にしてあげただけじゃん」


あたしはそう返事をしてコンビニのおにぎりをかじった。


お母さんは専業主婦だけれど、高校に入学してから自分でお弁当を用意したり、コンビニで買ったりしている。


そうすることで少しでも迷惑をかけないようにと、心の中で思っていることだった。


「最後には腕まで灰色だったけどね」


思い出して栞奈がまた大笑いする。


美羽の腕は灰色になり、真由子のネイルは使い切った。


教室中はシンナー臭くなって周りから文句を言われたけれど、そんなの窓を開けて換気すればいいだけだった。
「2人とももう帰ったのかなぁ」


栞奈の言葉にあたしは2人の机へと視線を向けた。


机の横に鞄がかけられたままだから、帰ってはいないだろう。


恐らく保健室辺りにいるんじゃないだろうか。


「知らない」


興味もないし、そっけなくそう返事をした時だった。


クラスメートの山崎龍一(ヤマザキ リュウイチ)が近づいてきた。


「菜々花、ちょっと話があるんだけど」


ちょうどおにぎりを食べ終えたタイミングだったから、きっとこちらを見ていたのだろう。


「なに?」


「教室の外で話したいんだけど」


いつもは人目を気にしないタイプの龍一が珍しい。


そう思いながらあたしは栞奈を見た。


「いいよ、行っておいで」


「すぐ戻るね」


あたしは栞奈へそう言い、龍一と一緒に教室を出た。
龍一は1年3組の中で1番背が高くガッチリとした体型で、バスケ部に入っている。


顔も整っていることで、学校内でも人気者だった。


あたしはそんな龍一の背中を追いかけて廊下の端までやってきていた。


この辺は空き教室や専門的な授業に使う教室になっているから、生徒たちの姿はない。


「話ってなに?」


そう聞くと、龍一が真剣な表情で振り向いた。


「俺、菜々花のことが好きなんだ」


その言葉に一瞬頭の中が真っ白になった。


今までの何度か告白された経験があるけれど、こんなに躊躇なく告白されたことは初めての経験だった。


「あぁ……そうなんだ」


ちょっと引き気味になって、小さな声でそう呟く。
それでも龍一の表情や態度は変わらない。


自信に満ち溢れたオーラが漂ってくる。


「俺の彼女にならない?」


あたしは気が付かれないように息を吐きだした。


きっと龍一は気が付いていないのだろう。




態度と言い、言い方といい、さっきから上から目線になっているのだ。


自分が振られるハズがない。


そう思っているのがにじみ出ている。


こういうタイプは苦手だ。


「ごめん」


あたしは龍一から目を逸らせてそう言った。


「え?」


隆一の驚いた声が聞こえて来る。
人の好意を断る時って、どうして後ろめたい気分になるんだろう。


悪い事なんてしていないのに。


「ごめんね」


あたしはもう1度そう言い、逃げるように教室へ戻ったのだった。
☆☆☆

いつも放課後が近づくたびに憂鬱な気分になった。


今日もあの家に帰らなければいけない。


両親が表立ってあたしに何か言ってくることはない。


けれど、受験に失敗してから家の空気は完全に変わっていた。


以前のようなにぎやかさも、穏やかな気持ちも、すぐそばにあるように感じられるのに、手を伸ばしても届かない場所へ行ってしまった。


「今日はどうする~?」


放課後のホームルームが終った直後、栞奈が声をかけて来た。


あたしはその誘いにホッと胸をなで下ろす。


まだ帰らなくていい。


そう思うと気持ちが楽になるのだ。