帰ることにした。
 カイとウミとライもそのつもりで準備を行っている。

 準備と呼べるような物ではないが、倒したボスの素材は持ち帰ったほうがいい。ダミーコアの準備も終わっている。
 使い方も、コアに話を聞いているので大丈夫だ。それに、間違えても、コアがハッキングされたり、クラッキングされたり、乗っ取られなければ間違えた使い方をされても問題にはならない。
 チアルの対応が出来ない状況になったら、また攻略すればいいだけだ。その時には、ダンジョンを討伐することになるので、最悪はダンジョンが消滅してしまう可能性が高い。

 デ・ゼーウには、間違えた使い方をして、ダンジョンが暴走した時には、消滅の可能性があることを告げておけばいいだろう。

『マスター。魔法陣を使いますか?』

 ダゾレが、俺に話しかけて来る。
 魔法陣を使えば、一気に帰ることができる。目立つ事は避けられない。帰還の場所は、任意の場所に設定できるようなので、1層で人が行かない場所に転移すれば・・・。

 ん?
 何かを忘れている?

 そうだ!
 イェレラとイェルンとロッホスとイェドーアたちと合流して戻らなければならない。

 それに、ファビアンもダンジョン内に居るのなら、探して連れて行く必要があるのか?

 面倒だな。
 ルートガーの従者だけでいいか?

「途中で仲間を拾っていく」

 面倒だけど、拾っていかないとダメだな。
 デ・ゼーウに文句を言われるのは構わないが、ルートガーが行っているだろう交渉に影を落すのは得策ではない。

 完全な成功にするためにも、ファビアンを拾っていく必要がありそうだ。

 よかった。帰る前に思い出した。俺を褒めてあげたい。

『指定していただければ、こちらに呼び寄せます』

 指定?
 呼び寄せる?

「名前はダメだな・・・。どうやって特定する?」

 ダゾレが出来るのなら、チアルもできるはずだ。

 そうか、ダンジョン内という条件が付くのか?
 今は、便利だけど、使い道が限られそうだ。チアル・ダンジョンなら・・・。

『私に触れてください。階層を指示していただければ、階層の様子を見る事が出来ます。該当の人物に触れてください。マーキングをした人物を呼び寄せます』

 使い方は、コアに触れなければならないのなら、チアル・ダンジョンには使えない機能だな。
 ダミーコアでも同じ事が出来たら便利だ。無理なのは解っている。無理だけど、機能が付けられないかだけでも確認をしておこう。どんなスキルか解れば・・・。

「便利だな」

 今は、凄く嬉しい機能だ。
 早速、試したいが・・・。その前に確認をしておこう。

「ダゾレ。呼び寄せる場所は、指定できるのか?」

『可能です』

「リソースは?」

『ダンジョンの権能です』

「ダンジョンの運用に問題は出ないな?」

『はい。全員を呼び寄せるのは不可能です』

「わかった」

 ダゾレに触れて、階層を見ていくと、意外と時間が必要になりそうだ。

 ライが、皆と別れた階層を覚えていた。
 ライに指示されながら、4人を探す。

 ファビアンは、すぐに見つけられた。
 4人は、訓練でもしているのだろうか、バラバラに動いていた。

 戦闘中は、呼び寄せるのは難しいと言われたので、民が休むのを待っていた。

 待っている間に、ライを通して、チアルに俺たちを呼び寄せられるか確認をしたが、無理だと即答された。
 特に、俺とライとカイとウミは無理だと言われてしまった。他にも、竜族も不可能らしい。力を持つ者では、呼び寄せを行う時にキャンセルされてしまうようだ。シロでギリギリだと言われたので、使い勝手は良くない。ルートガーもギリギリらしい。眷属の繋がりがあれば、拒否は出来ないので、呼び寄せられる可能性があるというのがチアルの答えだ。
 簡単に言えば、やってみなければ解らない。対象が、ダンジョン内に居なければ出来ないようだ。
 俺やライやカイやウミは、ダンジョンの力への抵抗力が強いので無理だと考えているようだ。ダンジョンの力への抵抗力は、チアルが説明してくれたが、簡単に言えば、同じ魔物ではダンジョンの外に出た者とダンジョン内の者では、攻撃力が違うように思われていたのだが、実際にはダンジョンへの抵抗力が低い者だと、攻撃を受けた時のダメージに違いが出て来る。

 ファビアンと4人の監視を、ダゾレに依頼した。
 俺が見ていて見逃してしまったら、帰る事が出来ない。

「ダゾレ。頼む。仮眠をしていていいか?カイとウミとライも自由にしてくれ」

 壁に寄りかかって、目を閉じる。
 ダゾレが監視している上に、ボスがリポップする心配はない。1ー2時間くらい仮眠が取れたら、身体は少しだけだが楽になる。崩壊が近いと思って、少しだけ無理をした。カイやウミやライにも無理をさせた自覚はある。戦闘では無理をしていない。探索や移動で無理をさせられた。

 ダゾレからの呼びかけで意識が覚醒する。

『マスター。全員が揃っています』

「同じ階層に移動したのか?」

 そうか、ファビアンの所で待っていようと判断したのだな。
 確かに、ファビアンと別れた階層なら、護衛としては十分な力を持っている。4人も必要ないが、一緒に居た方がいいと判断したのだろう。俺を待っている間に、順番に戦闘訓練をするくらいのつもりで居たのかもしれない。

『はい』

「丁度よかった。セーフエリアに居るのか?」

 ファビアンならセーフエリアに居るだろう。
 一応、確認をしておけばいいだろう。

『はい』

「俺たちを、彼等の場所まで移動させてから、1階層に移動できるか?」

『無理です』

 想像はしていたが、俺たちが移動するのには、制限なり条件なり、何かしらの枷があるのだろう。
 無条件に使えてしまったら、いろいろな事が破綻してしまう。

「わかった。彼等を最下層の階層主の部屋に呼び寄せるのは大丈夫だよな?」

 最初に考えたプランで帰還するのがベターなのだろう。
 もしかしたら・・・。
 今は、帰還するのを優先しよう。チアル・ダンジョンで試せば、違った知見が得られるかもしれない。

『可能です』

「そのあとで、魔法陣を使って、1層に戻るのはできるのか?」

 これは、最初からできると言われているので大丈夫なのだろう。

『可能です。帰還場所の指定が出来ます。先に、魔法陣で帰還する場所の指定をお願いします』

「帰還する場所を、1層に設定して、部屋にすることはできるか?」

 帰還する場所が指定できるのは嬉しい。

『可能です』

「部屋の扉には鍵を設置できるよな?」

 鍵は、どんな物でもいいが、最下層のボスを倒したらドロップした鍵だと言えば、持っていても不自然ではない。

『可能です』

「部屋の鍵は、1本だけで、俺が持っていく」

 1本だけしか作られていない鍵で、最下層を攻略して、魔法陣で帰ると、部屋から出られない。

『はい。部屋の広さは?』

「このコアルームと同程度。真ん中に、ダミーコアのダミーを置けるか?機能は何もしない物だ」

『可能です』

「作成してくれ、完成したら、彼らを呼び寄せる」

『完成まで、2分37秒』

 すぐに、終わりそうだ。
 カイとウミとライを伴って、階層主の部屋に移動する。帰る為の魔法陣は既に出来上がっていて、上に乗ればスキルが発動する。このスキルカードが欲しいと思ってしまうが、最低でもレベル10だろう。似たような使い道が解らないスキルカードがある。何度か、取り出して使おうとしてみたが発動しない。

『呼び寄せを実行します』

「たのむ」

 俺たちの前に、新しい魔法陣が現れる。

 光の柱が天井まで伸びた。

 光がおさまると、ファビアンと4人が、怯えた表情を浮かべていた。

「ツクモ様」「カズト様」

 それぞれが俺を見て、安堵の表情を浮かべる。
 完全に、光の柱が消えるまでは外に出られないようだ。

 最下層に、ファビアンとイェレラとイェルンとロッホスとイェドーアが転移してきた。
 呼び寄せたので、当然なのだが、本人たちは何が発生したのか混乱していた。

 俺が居るのを見て、俺が何かをしたのかと考えているようだ。
 表情を変えすぎの気がするが、俺を見て安堵するのは、少しだけ違う気がする。時に、ファビアンを除いた4名は、護衛の役割を含めて、ルートガーに報告して、再教育を受けてもらおう。

「揃ったな」

 皆が俺の前に来て、頭を下げる。

「ツクモ様」

「攻略が終わった。今から、地上に帰る。君たちを呼び寄せたのは、コアの力だ。詳しい話は、デ・ゼーウを交えてした方がいいだろう」

「はい。お願いいたします。それにしても、ダンジョンの攻略が終わったとは・・・。それに、この場所は?」

「この場所は、ダンジョンの最下層。ボスが居た場所だ」

 俺の言葉で、皆が部屋の中を見回す。
 すでに地上に戻るための魔法陣は起動されている。

「全員が、魔法陣に入ったら1階層に転移する。もし、最下層を見て回るのなら、時間を預けるぞ?」

 俺の言葉で、皆が嬉しそうな表情をする。
 たしかに、ダンジョンの最下層なんて、来たくても来られる場所ではない。

 戦闘跡は残っていない。素材も落ちてはいないが、最下層というだけで嬉しいのだろう。
 壁に触ったり、床に触ったり、中心で天井を見たりしている。観察してみれば、観光地に来た人たちのようだ。流石に、ダンジョンの最下層を観光地にできるとは思えないが、ダンジョンの低階層なら観光地を作っても面白そうだ。アトラクションは、アスレチック的な物を用意すれば、勝手に競い合って遊んでもらえそうだ。低レベルのスキルカードを商品として提供してもいい。

 30分ほど最下層を見て回って満足したのか、皆が俺の周りに集まってきた。

「いいのか?」

「はい。お待たせして、もうしわけありません」

 ファビアンが俺に頭を下げるのと同時に4人も揃って謝罪の言葉を口にする。

「気にするな。戻っていいか?」

「はい。お願いします」

 ファビアンから順番に魔法陣の上に歩いてきた。最後は、カイが魔法陣に足を踏み入れる。

 魔法陣の上に全員が乗った。魔法陣が光りだして、頭の中でカウントダウンが始まる。
 俺も聞いていなかったので驚いたが、皆の驚愕の声を聞いて、落ち着きを取り戻した。

 カウントが終わると、光が俺たちを包み込む。演出なのは解っているが、過剰演出にしか思えない。

 ”イワノナカニイル”にならずに、1階層に戻ってこられた。皆が揃っているのを、目視で確認をする。
 皆を確認していると、興奮しているようだ。

 ダンジョンの攻略と、最下層の散策。そして、1階層に戻ってきたのだから、興奮するなというのが無理なのだろう。

「ファビアン。デ・ゼーウに報告に行きたい。ダンジョンを出てからになるが、手続きを頼む」

「かしこまりました」

 ダゾレに転移先を聞いていたので、ダンジョンから出るのには苦労しなかった。
 全ての分岐で右側を選んでいけば出口が見えてくると言われていた。

 そういうやり方を”どこ”で覚えたのか聞いてみたいが、楽ができるから歓迎なのだが、元ネタが気になってしまう。

 地上に出ると、まだ明るい時間帯だ。

「え?なんで?」

「それはこっちのセリフだ。なんで、戻ってきた!」

 思いもよらない人物がダンジョンの出口に居た。
 入口と出口が一緒なので、居てもおかしくはないが、一人で居るのがおかしい。

「ルート。デ・ゼーウの手伝いはいいのか?」

「アイツはダメだ。お前よりも酷い」

「ん?デ・ゼーウか?」

「あぁ。ダンジョンを確保したあとのビジョンも無ければ、ドワーフたちが煩いから鉱石を買えばいいとか言い出す」

 ルートガーは、デ・ゼーウが酷いというが、エルフ大陸でも、アトフィア教の連中とか、チアル大陸に居た者たちとか、同じレベルだ。1歩や2歩先に何があるのか考えて施策を行う者の方が稀有だ。
 目の前にある厄介な問題を解決するだけで精一杯で、その先を考えない。

「わかった。わかった。それで、なんでダンジョンにお前が来ている?」

「ダンジョンを確保したあとに何が必要になるのか・・・。まったく、何もない状態で驚いていたところだ」

「え?何もない?」

 俺とルートガーの会話に入ってきたのは、ファビアンだ。

 ファビアンとしては、施設の規模は別に、ダンジョンの周りには、いろいろな街が勝手に建てた物がある。
 必要な物が揃っている認識で居るようだ。

 確かに、ゼーウ街が確保するのなら、いろいろと建築した方がいいだろう。
 俺たちが指摘するのは違うと思って、ファビアンにも話をしていないのだが、ルートガーがやる気になっているのなら任せてもいいかもしれない。

「ファビアン。ドワーフたちを含めた支援は決めているのか?」

「支援?」

「鉱石は低階層で採取ができる。全部を、ドワーフたちに渡すのなら、問題はないが、違うのなら取り決めをしておかないと、ドワーフたちは際限なく、要求してくるぞ?」

「え?ドワーフたちが、鉱石を・・・。え?」

「ルートガー。任せていいか?」

「俺か?」

「他に、誰が居る?」

「道筋を作るだけだぞ?」

「そこまでしなくていい。最初の交渉で、ゼーウ街が有利になれば十分だ。確かに、ゼーウ街が安定してくれれば、俺たちにもメリットがあるが、それは中央大陸への足がかりが、ゼーウ街だという話で、他の街になっても、俺は困らない。条件次第だ」

「わかった。ダンジョンの整備と、ドワーフたちへの対応だな」

「それと、他の街との交渉の前準備だ」

 ファビアンは会話に加わらない。
 ルートガーは少しだけ考えてから了承の意を伝えてきた。

「ダンジョンの攻略は?」

「終わったぞ。証拠も持ってきた」

「わかった。デ・ゼーウ殿に説明をするか?」

「そうだな。フェビアンに報告に行ってもらって、その後に面会を考えていた」

「そうか、ファビアン殿。一緒に、デ・ゼーウ殿に報告に行こう」

「はい」「あっ。ルート。こいつらを連れて行ってくれ」

 4人をルートガーに返す。
 俺の側に居られても困る。

「わかった」

「それから、攻略の証拠を渡す」

 ダミー・コアを渡して、ルートガーに説明を行う。
 ルートガーなら、コアを見たことがある。状況がわかるだろう。しっかりと睨まれたから、把握が出来たのだろう。

「それで、ダミー・コアでは何ができる?」

 さすがは、ルートガーだ。話が早くて助かる。
 ダミー・コアの機能を説明する。

「そうなると、監視というよりも、管理が近いのか?」

「そうだな。人数の把握ができる程度だと思ってくれればいい」

「いや、かなり、ゼーウ街からしたら有効なアイテムだ」

 ルートガーの構想では、ダンジョンを出る時に”税”を徴収することを考えているようだ。
 ダミー・コアがあれば、出る前にチェックを行い。申請した人数と出た後の人数を比べれば、”税”を逃れるために隠れて抜け出そうとする者を見つけることができる。

「そうか?ルートに任せる。あとは、素材系は、ファビアンに渡せばいいよな?」

「あぁ。売るのか?」

「いや、今回は、デ・ゼーウからの依頼で潜ってから、素材はそのまま渡す。こちらで欲しいと思った素材は確保させてもらう」

「素材の確保は、お前が好きにすればいい。文句は言わないだろう」

「ルート。頼む」

「お前はどうする?」

「あぁ」

 視線を森の方角に移動する。
 カイとウミから、嫌な報告があった。確認しなくてもいいとは思うが、乗り掛かった舟だ。厄介ごとの可能性があるのなら、最初に芽を摘んでおきたい。

 俺の視線でルートガーも何かがあると思ったのだろう。

「わかった。交渉は任せてくれ。ファビアン殿。行きましょう」

 ファビアンが慌てて、荷物を持って、頭を下げる。
 同じように、4人も頭を下げてから、ファビアンの荷物を手伝うようにしている。ルートガーは、ダミー・コアを持ちながら、軽く会釈だけをして、背中を向けて歩き出した。

 ルートガーとファビアンが、俺たちから離れた。ルートガーの従者として連れてきた連中も、ルートガーと一緒に交渉をまとめるように伝えている。ダンジョンの内部の説明を、ファビアンだけに任せるのは、ルートガーの立場が悪くなる。俺が着いて行くことも考えたが、ルートガーに交渉を任せるのに、俺が一緒では意味がない。従者たちは、ダンジョンに潜っている。俺の代わりに、ルートガーにダンジョン内部の説明をする役割を与えた。
 それに、記録係りくらいはできるだろう。
 ルートガーには必要がないと言っても、従者だけではなく護衛としての役割も必要になってくる。

 ルートガーからは、俺に対する護衛として、従者を残していくと言われたが邪魔になる可能性が高い上に、俺にはカイとウミとライが居るから必要がないと言って、引き取らせた。
 スキルカードは、持たせたままにしている。俺には必要性が低いカードで、枚数も揃っている。簡単に無くなるような枚数ではない。
 拠点に帰れば、減ったスキルカードの補充ができるだろう。簡単に補充ができないスキルカードもあるが、それは使っていないし、渡していない。

『カズ兄!』

 ウミが、森に視線を向けている。
 俺にも解るくらいの距離まで近づいてきているようだ。森から出る寸前だ。止る気配がない。森から出てきて、人里を狙うのか?

 人ではない。魔物なら、森から出るような行動を取らない。できそこないか?

「カイ!」

 既に、ライを乗せたカイが走り出している。

 近くには人が居ない。

「ウミ!」

『任せて!』

 カイとウミが走り出した方向に、俺も走り出す。

 索敵では、3体のはずだ。
 カイとウミとライが負けるとは思えないが、俺がサポートに回れば確実だろう。

 それに、索敵範囲のギリギリを移動している、反応があるのも気になっている。俺の索敵範囲が認識されているようで気持ちが悪い。
 俺が近づくと、一瞬だけ索敵の範囲内に入るが、すぐに範囲から外れる。
 確実に、俺の動きを把握している。同じレベルの索敵ができるのか?それとも、違うスキルか?

 一気に加速する。

「カイ。ライ。手前の3体は任せる!ウミ!」

『うん!』

『はい』『わかった』

 ゴブリン?
 こんな色だったか?
 角がある?

 正面からカイとライが攻撃を仕掛けるが、俺とウミを狙ってスキルを使ってきた。
 レベル4の炎弾だ。ゴブリンがレベル4のスキルを使う?
 それも連射だ。

「ウミ!」

『大丈夫!』

「ライ。森へのダメージを最小限に保て!」

『わかった』

 ライが、炎弾を水弾で相殺していく、それでもゴブリンたちは止らない。

 なにか、おかしい。

「カイ!ウミと一緒に、後ろに居る奴を狙ってくれ」

『カズト様!』

「こいつらは、俺を狙うようになっている。ライが居れば大丈夫だ」

『はい』『任せて!』

 カイが起動していたスキルをキャンセルして、走り出す。
 ライは、俺の肩に乗り移ってから、スキルを発動する。

「ライ。ゴブリンたちを囲むように、結界が張れるか?」

『近づいたら可能です』

「わかった」

 カイとウミが、後方に居る1体に向かった。
 逃げるそぶりは見せない。

 戦闘状態になっていると判断しているのか?
 それとも、何か法則があるのか?

 ターゲットが俺だから、俺が近づかなければ逃げないのか?

 解らないことだらけだけど、まずはこいつらを倒してしまおう。

 ゴブリンに近づいた。
 間合いはまだ遠い。スキルの距離だけど、スキルを使う前に・・・。

「ライ!」

『うん』

 ライが、結界を発動する。

 これで、スキルを使っても大丈夫だ。

 刀に氷を纏わせる。
 このゴブリンたちは、通常のゴブリンと違って、スキルを使ってくる。

 上位種とか変異種ではない。

 新種だと思われる。知識は、ゴブリンとそれほど違っていない。ただ、スキルを持っているだけか?

 刀で切りつける。
 硬い!

 爪で反撃が来る。
 交わして、腕を切り飛ばす勢いで刀を振るうが、硬い。

「ライ!レベル5。解放」

 ライが持っているスキルカードで、レベル4までを使うように指示を出す。

 俺も、刀に纏っていた氷を解除して、振動を付与する。レベル5のスキルだ。

 これで効かなければ、距離を取って、もっと上位のスキルを使う事にする。

 幸いなことに、動きはゴブリンと変わらない。
 硬い事と、レベル4のスキルを使ってくる。

 俺とライなら、数が倍になっても対処ができる。
 しかし、このゴブリンがゼーウ街に到着したら?

 ルートガーに対処ができるかギリギリだろう。スキルカードを出し惜しみしなければ勝てる可能性は高くなるが、このゴブリンが3体で終わりだと思うのは楽観すぎる考えだろう。
 デ・ゼーウには対処が不可能だ。
 難しい問題になってきた。

 振動を付与した刀なら、新種のゴブリンの皮膚を切り裂ける。
 物理耐性が強いだけで、無効にはなっていないようだ。

 スキル耐性もある程度はあるのだろう。
 レベル4のスキルでは、ダメージらしいダメージは見えなかったが、レベル5になるとダメージをあたえられる。

 通常のゴブリンなら、スキルはレベル3で十分だ。
 そもそも、スキルを使用しなくても、十分に倒せる。

 3体のゴブリンを”新種”と認定して対応を行う。

「ライ。1体は、スキルを使わないで倒す」

『うん!』

 あまりにも、通常のゴブリンと違う。

 上位種では、武器を使う場合はあるが、スキルを使ってこない。
 変異種になって、武器の代わりに属性のスキルを使ってくるが、レベル1か2程度だ。
 レベル4相当のスキルを連射してこない。

 ゴブリンが進化に成功している印象がある。
 動いていて、鑑定が通らない。弾かれている印象もある。

 俺の鑑定が通らないのは初めてじゃないが、レアな現象だ。
 弱らせて、鑑定を通す必要がある。

 1体は、俺が振動のスキルを付与した刀で倒した。
 1体は、ライがスキルを使って倒した。

 倒されたゴブリンを鑑定すると、進化体だと解るが、それだけだ。

 残った1体を、スキルを使わないでダメージを蓄積させる。
 刀でのダメージは、硬い皮膚に弾かれるが、徐々に傷がついているのが解る。ライの攻撃で、皮膚が溶かされているようだ。

 ダメージが蓄積されれば、それだけ鑑定を弾く力も弱まってくる。

「ライ!拘束!」

 ライに指示を出す。
 これだけ弱まれば、拘束が可能だ。

 暴れるが、ライの拘束の方が上だ。

 鑑定が通った。

 進化したゴブリンで合っているようだ。
 スキルが3つ?

 レベル3の体力強化を持っていた。

 しかし、防御力が上がるようなスキルがない。
 肌が硬くなるのは、レベル6の硬化かと思ったが、種族属性のようだ。

 種族がゴブリンのままなのは、進化した証拠だと見てよさそうだ。
 称号に、”進化体”とあるので、やはり、新種は進化に成功した個体なのだろう。

 そして、俺たちが、当初”新種”だと思っていたのは、やはり進化に失敗した個体だと考えていいだろう。

「ライ。倒していいぞ!」

『はぁい』

 ライが、進化したゴブリンを吸収する。
 抵抗しているが、無駄な抵抗だ。

 ライに溶かされていく、途中でゴブリンが倒された。
 スキルカードが残された。

 持っていたスキルがスキルカードにならなかった。
 もともと、進化する前のゴブリンと同等のカードが残される。

 進化したスキルではなく、元々のゴブリンの特性になるようだ。

 強さに合っていない。
 倒すのに苦労するのに、実入りが少ない。

 今回が、”たまたま”の可能性だってあるのだが・・・。

『カズト様』

 カイとウミも終わったようだ。

 時々聞こえてきた内容では、上位種のゴブリンの進化体だと思う。
 命令を出していたようには思えないが、下位のゴブリンの進化体を操っていたような感じだ。

 カイとウミは、スキルを使わないで倒した。
 流石に、捕縛が難しく、討伐になってしまったようだ。

 スキルカードが出たが、やはり進化前の上位種のゴブリンと同等のようだ。

 ゴブリンの新種?が落したスキルカードを見ているのだが、チアル大陸で出現していたゴブリンたちが、落すスキルカードとの違いは見られない。

「カイ!ウミ!」

 スキルカードの回収が終わっているが、また奥からゴブリンの新種と思われる気配が近づいてくる。

 カイとウミも解っているのだろう、臨戦態勢に戻る。
 ライが分体で周りの探索を始める。

 スキルに頼ることも出来るのだが、新種のゴブリンは急に湧いた感じがした。
 もし、これがダンジョンと同じように、新種として産まれてくるのなら、対策が難しい。チアル大陸でも、街中でいきなり、新種が生まれて来る可能性がある。今のところ、新種を含めて、魔物が産まれたという報告はない。
 後で、ルートガーに確認をしてみるが、魔物が生活圏内に産まれたのなら、俺に報告が上がってくるはずだ。

 対処が終わったとしても、俺に報告が上がってくる。
 それに、噂話としても聞いていないことを考えれば、チアル大陸では、生活圏内に魔物が突然現れる事案は発生していない。

 チアル大陸の生活圏内は、コアたちの勢力になっているから、魔物が産まれない可能性が高い。しかし、生活圏内以外では新種が生まれてしまう可能性がある。実際に、俺が大陸を把握する前には、森の中で魔物が産まれていた。

『カズ兄。倒していい?』

 ウミが痺れを切らしている。

「カイ。ウミ。1体は生け捕りにしてくれ、あとは倒していいぞ」

 許可を出すと、ウミが走り出して、新種のゴブリンに攻撃を仕掛ける。
 カイは、ウミに支援のスキルをかけてから、後ろに回り込むように動きを見せる。

 ライは俺の周りに待機している。
 分体からの情報を、俺に伝えてくれる。

 どうやら、森の奥に洞窟があり、そこから新種のゴブリンが出てくるようだ。

「ライ。ダンジョンか?」

『違います。普通の洞窟にゴブリンが集落を作った様です』

「わかった」

 どうする?
 巣は潰しておいた方がいい。

 中央大陸だけど、ゼーウ街が潰れるのは・・・。

「新種がいるのか?」

『わかりません』

「そうか・・・。ゴブリンが出て来るように見えるのか?」

『はい』

 やはり潰した方がいいのか?

 もしかしたら・・・。
 実験は出来ないな。

 どこかで、実験をした方がいいのは・・・。

 できる場所があるとは思えない。

”蟲毒”

 新種が産まれる条件が、蟲毒だとしたら・・・。
 巣が産まれてから、新種が産まれるのだとしたら、巣を潰していけば、蟲毒の状態にはならない。本来の蟲毒では、複数の毒虫を集めるのだが、同種で戦う・・・。

 人間も同じだな。

 俺は、蟲毒を・・・。
 飛躍した考えだな。

 今は、新種の発生原因が”巣”にあると仮定して動いたほうがよさそうだ。

『カズト様。終わりました』

「カイ。ウミ。ゴブリンの巣が見つかった」

『カズ兄。生け捕りにしたゴブリンはどうする?』

「ホームに入れておいてくれ、コアに解析を頼む。ライ。頼めるか?」

『はい』

 ウミが引っ張ってきていた新種のゴブリンをライが飲み込む。
 これで、解析が出来れば・・・。新種に関しての情報は、今はどんな事を・・・。得られる可能性を少しでも増やしたい。

 ”巣”も殲滅しよう。
 スキルカードは低位のレベルしか出ないけど、在庫が怪しいカードもある。
 使わないカードは置いてきているが、増える分には問題にはならない。在庫が増えると思えばいいのだ。それに、ゼーウに”貸し”として渡してもいいだろう。どうせ、低位のレベルだけだ。

 新種が産まれてこなければ、放置が決定するような案件だな。

「カイ。ウミ。ゴブリンの巣を殲滅するぞ。ライ。案内を頼む」

 ライの案内で森の中に足を踏み入れる。
 チアル大陸では、一部を除いて森は、以前と比べると安全になっている。

 久しぶりの感覚で嬉しく思えて来る。

 時間的な余裕もないから、さっさと”巣”を駆逐しよう。

 ”巣”があると思われる洞窟の入口は考えていた以上に狭そうだ。

「ライ。洞窟に他の出口はありそうか?」

『”ない”と思われます』

「わかった。ライは、”巣”が他に繋がっていないか確認してくれ、カイとウミはスキルを使って殲滅だ。スキルカードは、ライが回収してくれ、俺はカイとウミのサポートをする」

 俺の合図で、三方向から攻め込む。
 入口が狭いから、俺が最初に入るのは無理だ。

 ライから報告が入った。

『繋がっているか不明ですが、ゴブリンの”巣”があります』

「ウミ。ライのサポートに行けるか?」

『うん!』

 洞窟からウミが飛び出して、ライが誘導する別の洞窟に向かう。

 繋がっているといいのだけど・・・。

 結局、”巣”は繋がっていた。

 最初に見つけた”巣”には、新種がいなかった。
 俺が突入するまでもなく、ゴブリンの上位種なら、カイだけで十分に対応ができる。

 俺にも残しておいてほしいとは思ったが、散らばっているスキルカードを拾い集めるのに集中していたら、終わっていた。

 最悪な想像が当たってしまっているようだ。

 カイとウミとライが入っていない部屋に戦闘の痕跡があり、そこにスキルカードが散らばっていた。
 ダンジョンならコアが吸収していたのだろうけど、洞窟はダンジョンではない。
 その為に、スキルカードが残されていた。

 戦闘の跡からは、ゴブリン程度の者たちが戦ったのは解るが、新種が産まれたのかは判断が出来ない。

 ”蟲毒”と似たような現象が発生して、偶然の産物なのか、それとも狙った結果なのか・・・。判断は難しい。

 俺が考えた、『”蟲毒”から新種が産まれる』は、正しいようだ。
 それでは、最初に新種だと考えていた”できそこない”も説明ができる。

 新種に至るまでの戦闘が行われなかった。その為に、新種になり切れない状況で”蟲毒”が終わってしまった。

 新種は、別種なのだろう。
 ”巣”から出て、新しい場所に向ったのか、戦いを求めたのか解らない。

 今まで、俺たちが遭遇した”できそこない”がゴブリンなのか解らない。大きさから、ゴブリンよりも小さい魔物の”できそこない”の可能性が高い。

 ”蟲毒”が発生した場所を調べると、自然に出来た部屋だと解る。扉のような物は存在しないが、つづら折りになった通路が扉のようになっている。簡単に逃げ出せないような状況になっていたのだろう。逃げ出そうと、岩壁を叩いた跡も見られる。

『カズト様』

 カイが何かを持ってきた。

 レベル5 猛毒?

 ゴブリンがレベル5のスキルカードを落とすのか?

 最高でも、レベル3までだったはずだ。
 2ランクも上のカードを?
 レアドロップ?

 ”贄”か?

 そもそも、”猛毒”のスキルカードを知らない。
 ”毒”なら、レベル4で存在している。

 他には、目新しいスキルカードはなさそうだ。

 解らなくなってしまった。
 ゴブリンの上位種が居たのか?

 でも、ゴブリンの上位種でも、レベル5のカードは落ちない。

「ライ。この場所に、抜け道が無いか確認してくれ」

『はい』

「ウミとカイは、洞窟の中を探索して、何もなかったら、他に”巣”がないか調べてくれ。ライ。カイとウミのサポートも頼む」

 皆から了承の言葉が聞かれた。

 ゴブリンが落したスキルカードはいいのだが、死体が残ったゴブリンもいる。

 ダンジョンから出てきたゴブリンが集落を作ったのか?
 それなら、いろいろな説明ができる。

 それでも、新種が産まれるプロセスはなんとなく解ってきたのだが、きっかけが解らない。
 ”できそこない”から”新種”になるのか?

 それとも、”できそこない”と”新種”はプロセスが異なるのか?

 ”蟲毒”のような事が、いろいろな所で、発生しているとは思えない。

 偶然の産物なら・・・。良くはないが、問題は簡単だ。間引きを徹底的に行えばいい。しかし、これが、”人為的”に引き起こされているのだとしたら・・・。

 ゴブリンの巣を殲滅した
 レベル5の”猛毒”という新しいカードを取得した。

 他にも、レベル1-3のカードを大量に入手した。戦果としては、十分なのだが、しっくりこない。

 ”蟲毒”が行われたのは想像出来るのだが、”蟲毒”が新種発生のプロセスなのか?
 人為的に”蟲毒”が行われたのか?自然発生なのか?偶然にしては出来すぎている。

「ライ。近くには、ゴブリンは居ないよな?」

『居ない』

「ゴブリン以外は?」

『居ない』

 洞窟の探索では、新しい発見はなかった。
 洞窟を出て、高台になっている場所に上がってみる。

 違和感が凄い。
 何かが、俺が知っている森とは違っている。

 チアル大陸に残っている自然な森と何かが・・・。

「カズ兄。この森、生き物が居ないよ?なんで?」

 俺の足下にやってきたウミが呟くように質問をしてきた。

 そうだ。
 この森、正確には、俺たちが居る場所には、生命が感じられない。

 ゴブリンたちが根こそぎ駆逐してしまったことも考えられるのだが、可能なのか?

 洞窟の中では、”蟲毒”が行われていた。外側には、生命が感じられない。
 新種が産まれて、統率されたゴブリンたちが、餌を求めて、人が居る里に姿を現した?

「戻るぞ」

 デーウ街だけではなく、近隣に大きな影響が出る。
 チアル大陸以外では、食肉の為に魔物や動物を飼育する考えはない。

 森に入れば、食肉に適した魔物や動物が居るのが当たり前だ。

 近隣の森から、小動物を含めて、動物や魔物が居なくなった。
 最初はいいかもしれないが、徐々に影響がでる。確実に出る。

 ダゾレに、食肉に適した魔物を多めに出させなければ、食肉が足りなくなる心配はないだろう。ダゾレ・ダンジョンをゼーウ街が所有すれば、パワーバランスが崩れてしまう。かなり、高い可能性で崩れるだろう。最悪は、街同士の戦いに発展する。

 ”蟲毒”の結果、生物が居なくなったのだとしたら、他の場所でも同じ状況になっているのだとしたら・・・。

 ゼーウ街に来ているドワーフたちに話を聞きたい。
 他の大陸の情報を持っているのは、商人以外では、旅をしてきたドワーフたちだ。鉱石と酒以外には興味がなくても、何等かの情報を持っているだろう。

「ウミ。ライ。協力して、森の調査を頼む。生物が居るのか調べて欲しい。新種が見つかっても、攻撃しないで帰ってきてくれ、今日一日だけ調査してほしい」

『わかった』『はい』

「カイは、俺と一緒に、ダゾレに向かう。指示をしなければならない」

『伝えてきますが?』

「カイが?」

『はい』

 カイが、俺から離れる?
 この辺りには脅威はないと判断したのか?

 確かに、俺とカイで移動するよりも、カイに任せてしまったほうが早い。

「頼む。指示は、低階層に食肉に適した魔物を増やすように指示してくれ」

『はい』

 ダゾレへの指示は、これで十分だろう。
 細かい調整は、今後の課題として考えるとして、鉱石と食肉があれば大丈夫だと思いたい。森には、魔物が居ない事を・・・。

 昆虫も居ないから、受粉しないのか?
 昆虫は、他から移動してくる可能性を信じたい。小動物も戻ってくるだろう。ダンジョンで、食肉の確保が可能になれば、近隣の街はダンジョンで確保を考えるだろう。森が再生するまでの時間を稼いでくれる。森が再生しないと、最悪は中央大陸が砂漠になってしまう。水の保持も出来なくなる。人が住めない大地にしないためにも、ダンジョンを使って共存する方法を探す必要があるだろう。

 俺は、ゼーウ街に向かう。
 今から戻れば、交渉に割り込める可能性が高い。

 割り込まなくても、必要な情報を伝えて、ダンジョンに関しての変更点が伝えられる。

 急いでもしょうがないので、適度な速度で走る。

 ゼーウ街が見えてきた。
 さすがに、ルートガーたちは外には居ないようだ。

「ツクモ様」

 何度か言葉を交わしたことがある門番だ。
 手続きをして、街の中に入る。

 次いで、デ・ゼーウへの面会を依頼する。
 二つ返事で、門番の一人が中央に走った。

 デ・ゼーウが執務している建物は解っている。
 町並みを見ながら歩いて行けばいいだろう。

 ぷらぷら周りを見ながら歩いていたら、見たことがある奴が俺に向ってまっすぐに走ってきた。

「ファビアン?」

「ツクモ様。何か、お話があると聞いたのですが?」

「そうだな。デ・ゼーウとルートはまだ会談中か?」

「はい。大凡の合意が出来たので、細部をまとめています」

 ファビアンに案内されて、一つの建物に入った。
 執務を行っている建物ではない。

 ちょっとだけ高級な感じがする宿屋のようだ。

「お待ちいただけますか?」

「あぁ緊急性はあるけど、対処は終わっている。報告だけだ」

「ありがとうございます」

 簡単に要件を伝えた。
 ファビアンは、俺を部屋に残して、部屋を出て行った。廊下を走る音が響いた。こういう所は、従者教育を受けていないのならしょうがないのだろう。

 10分くらい待っていると、ルートガーが姿を現した。

「お!ルート。交渉は終わったのか?」

「終わった。それで?何か、交渉に追加する問題が発生したのか?」

「あぁ条件は変わっていない。ただ、一つ大きな問題が発生した」

「問題?」

 ルートガーの目は、”最初から説明しろ”と言っている。交渉を任せた事が、悪かったのか?
 かなり機嫌が悪い。

 ルートガーの機嫌が悪くても、俺の”考え”は変わらない。俺とシロは、いずれ表舞台から消える。タイミングは解らないけど、消えるのは既定路線だ。そうなると、残る者たちで力がある者が、俺の座っている位置を占めることになる。それがルートガーだと俺は嬉しい。ただそれだけだ。

「ダンジョンを攻略した」

「それで?」

 ダンジョンの設定変更は、詳しくは話したことがない。
 今後も説明するつもりはない。ルートガーやクリスティーネなら大丈夫だけど、二人の子供は?その子供は?

 ダンジョンの設定変更は、いろいろなバランスを壊しかねない。チアル大陸が大きな力を得た根幹だ。
 今の状態では、チアル大陸はダンジョンに依存している。依存している根幹を弄れる為政者は存在してはダメだと考えている。

「鉱石が産出する階層が存在することが解っている」

「あぁ。デ・ゼーウが、ダンジョン攻略を宣言した。貴様から渡された証拠品を持って、認めるように迫っている」

「そっちは、デ・ゼーウや中央大陸の人間に任せる。ドワーフの問題も解決したのか?」

 元々の問題は、ドワーフたちが鉱石を求めたことだ。
 ダンジョンに鉱石が産出するように設定を変えてある。

「鉱石が産出するのがわかったので、ドワーフたちが調査を行っている」

 ルートガーに情報が渡った時には、鉱石が産出する設定を変更しただけで、実際には産出まで出来ていなかった。
 うまく交渉のテーブルでごまかしたようだな。

 確認は、”まぁ大丈夫だろう”という段階だった。実際に、産出するのか確認はしていない。
 ダゾレが支配している状況だ。鉱石が産出するように調整するのは容易だ。あとは、量の問題だが、ドワーフに任せていると彫りつくしてしまうのだろう。ダンジョンなので、暫くしたら復活はするのだが、調整は必要だろう。中央大陸で強い武器は防具が大量に出回るのは・・・。

 ドワーフたちが先走った感じがするけど、検証に向っているのならタイミングが良かった。

「ダンジョン攻略が終了して、情報をお前たちに伝えた後で、ライが”新種”を見つけた」

「新種だと!」

 ルートガーが立ち上がって、身を乗り出す。
 やはり、ルートガーなら悪い方向に進んだと判断できる。

「安心しろ、対処した」

「そうか・・・。お前たちが、放置するとは思わないが・・・」

「そうだ。最初に見つけた”新種”以外にも、”できそこない”も発見した。そして、ゴブリンの”新種”だと俺たちは判断した」

「・・・。続けてくれ」

 ルートガーがソファーに深く腰掛けた。
 話を聞く状態になった。テーブルの上に置かれた飲み物に口をつけて、新種の話と、俺の推測を合わせての説明を開始する。

 話を進めるほどに、ルートガーの表情が変わる。

「それで?お前の考えは?」

 実際に発生した事案としての話を終えた。
 もちろん、俺の考察は出来るだけ省いた。ルートガーの意見を聞きたいだけだ。

「先に、ルートの考えを聞きたい。俺の話だけだから、誘導してしまったかもしれないけど・・・。感想でいいから、聞きたい。考えの補填に使いたい」

 俺の主観での説明だから、俺が導き出した結論がベースになっている。
 ルートガーの見解が同じになってもしょうがないと思う。

 話はできるだけ、贅肉をそぎ落として実際に発生していることだけを語ったが・・・。

「そうだな。まず、新種が進化体だというのは納得ができる。幸いなことに、俺は新種や”できそこない”に遭遇したことがない」

 これは、安心材料だ。
 ルートガーが、”遭遇したことがない”というのは、チアル大陸では、新種が産まれる土壌がないということになる。

「それで?」

「お前の考えは解らないが、魔物同士で戦えば・・・。進化が発生しても不思議ではない・・・」

 ルートガーは、俺の足下にいる”進化に成功した事例”を見ている。
 他にも、俺のホームには”進化に成功した”者たちがいる。実際には、俺もシロも”進化”が発生している。

 ルートガーは、言葉を区切ってから、新しく入れなおした飲み物を口に含んだ。
 そこから、考えをまとめるように、目を瞑った。

 急かしてもまとまらないだろう。
 ルートガーの考えがまとまるまでゆっくりと待つ。

 湯気が出ているカップを持ち上げる。
 チアル大陸で作っている”紅茶”だ。商人たちに、製法を伝えているし、勝手に作って売っていいと言ってある。出来るだけ、レシピは公開しておきたい。
 美味い物が食べられるようになれば、多くの問題が解決する。

 それは、歴史では証明できないが、美味い物が少ない場所や、国民や民に質素倹約を強要する権力者は滅んでしまえばいい。権力者は、権力行使が目的にしか思えないような事をおこなうようになったら終わりだ。身を引いたほうがいい。派閥や権力闘争。権力者にしか解らない悩みや辛さがあるのだろう。しかし、全てを飲み込んで権力構造のトップを目指したのだ。何のための権力で、誰のための権力なのか、立ち止まって考えるべきだ。

「カズト」

 ルートガーが珍しく俺の名前を呼んだ。本当に珍しい。年単位で記憶にない。

「ん?あぁ悪い。考えは、まとまったのか?」

「質問していいか?」

「あぁ俺が覚えている範囲なら答える。あっ場所を見たいとかはダメだぞ」

「それで十分だ。まず、スキルカードは、1か2が殆どだと言ったな」

「そうだな。レベル3が混じっている感じで、殆どがレベル1とレベル2だ」

「そのスキルは、使えたのか?」

「ん?試していない。試してみるか?」

「あぁ頼む」

 解りやすいスキルの方がいいだろう。
 レベル1は、発光
 レベル2は、水
 レベル3は、氷
 を、取り出す。

 俺が発動しても良いが、ルートガーに渡した方がいいだろう。
 一応、全て2枚ずつ取り出す。

 ルートガーにカードを渡すと、ルートガーはカードを発動する。

「問題はないな?」

「そうだな。違和感もない。やはり、進化してもドロップは変わらないのだな」

「ん?ルート。すまん。意味が解らない?」

「あぁ悪い。進化したカードが手に入るのかと思っただけだ」

「進化したカード?」

「そうだ。同じ”発光”でも、お前が発見した理論を使わなければ、光る時間や明るさは一定だ。それが違う可能性を考えた」

 そうか、カードの進化か・・・。
 考えていなかった。
 レベル1はレベル1だと思っていた。俺が提唱したことになっているカードの使い方をしなければ、確かにスキルの効果は一定になる。
 スキルの効果が同じになるという感覚が俺にはないので、解らないが、ルートガーには同じ結果に思えたのだろう。

「同じだよな?」

 自信がない。
 そもそも、スキルカードの有効時間は、込める力で違ってくる。
 そして、詠唱を排除すれば、発光だけでも攻撃が出来てしまう。

「あぁ同じだ。正確には、専門家に調べてもらうとして、今は同じだと思って話を進めるぞ?」

 カードの専門家?
 そんな者がいるのか?是非、話を聞きたい。今は・・・。ダメだろうな。後だ。後。

「頼む」

 ルートガーの推測も、俺と同じような場所に帰着したようだ。

「ルートも、何者かの力が加わっていると思うのか?」

「自然に発生するにしては、不自然な感じが否めない。今回、お前が対処した場所だけなら、偶然で済ませられるとは思うが、エルフ大陸でも、俺が得ている情報では、ドワーフ大陸でも、他の大陸でも発生している。発生が確認されていないのは、アトフィア大陸とチアル大陸だけだ」

「ルートは、アトフィア教を疑っているのか?」

「微妙だな。奴らが、『”新種”の対応に困っている。助けてくれ』とは言わないだろう?」

「そうだな。新種の討伐に成功したら、大々的に宣伝はするだろうけど・・・。そういえば、討伐報告もないのか?」

「ない。だから、俺は、アトフィア大陸では”新種”は産まれていない。と、思っていた」

 そうか、やはりルートガーはアトフィア教の連中が主導していると考えたようだ。

「ルート。別に、アトフィア教の連中の肩を持つつもりはないが、やつらが”新種”を作る動きをしているとは思えない。そこまでの、行動力も知恵もない。奴らは、自らの正義しか考えていない」

「・・・。あぁそうだ。だから、奴らの行いに起因して、新種が産まれたと考えている」

「ん?」

 アトフィア教は、人種至上主義だ。
 最近は、少しだけだが流れが変ってきているが、根本は変っていない。

 魔物を邪悪な物と定めている。

 邪悪だと決めつけている。
 その為に、魔物の素材を使った者を扱い続けている俺たちチアル大陸を軽視し敵視している。

 そうか、魔物か・・・。

「ルート。話を飛躍させるぞ」

「はい」

「新種が産まれるのは、自然の摂理だ。これはいいな」

「あぁお前の近くに実例がある。戦いを続ければ、いずれは進化する。進化の失敗は・・・」

「”できそこない”は、俺の考えでは、強制進化だと思っている」

「”強制進化”?」

「そうだ。ルート。お前が魔物の大群の中にクリスと二人だけで放り込まれたとしたら?数万とかではなく、数十万とかいう単位の魔物だ」

「・・・。そうか、俺はクリスを守るために・・・。進化を考えるだろう。そして、無理をしてでも、進化を・・・」

「そうだ。命の危険を感じて、進化という”未来”があるのなら掴もうとする。それに失敗した者が”できそこない”ではないのか?」

「・・・。”できそこない”は、わかった。お前の話で、理屈が通る。今は、可能性が高い仮説だ」

「そうだな。”仮説”だ。アトフィア教の奴らは、魔物を敵視している」

「あぁ。正確には、”人種”以外を敵視している」

「今は、魔物に限るぞ。俺は、別にアトフィア教の正義に興味はない」

「あぁ」

「敵視しているが、魔物は増える」

「そうだな」

「魔物を一か所に集める方法を見つけたのでは?新種を産み出す方法ではなく、魔物を集める方法なら、奴らでも見つけられると思う」

「・・・」

「奴らなのか解らないが、可能性が高いのがアトフィア教だ」

「あぁ。でも・・・。可能なのか?」

「ん?集めることか?」

「そうだ」

「やってみないと解らないが、可能だと思う。それに、アトフィア教には、シロたちが属していた部隊の様に、魔物と戦うことを専門とした者たちも居たはずだ。俺たちよりも長い時間をかけて魔物の特性を学習していても不思議ではない」

 これが、俺の結論だ。
 ルートガーはまた目を瞑って考え始めた。

 ”仮説”が実証された時には、アトフィア教と戦うのが正義なのか?
 俺は、気に入らないから・・・。ただそれだけで、アトフィア教と戦う。しかし、チアル大陸で考えると、掲げる”正義”が必要になってしまう。

 新種の話は一旦、棚上げすることにした。新種は気になるが、すぐに動くことができない。情報も不足している。今、動いても無駄になってしまう可能性が高い。
 それ以上にやらなければならないことも残っている。

 ルートガーからの報告は、大きな問題はなさそうだ。
 ドワーフたちが思っていた以上に理性的だったのは、予想とは違ったが、いい誤算だ。

 ドワーフたちは、求めていた鉱石を、デ・ゼーウから譲り受ける事で合意した。
 必要な分量を確保することを、デ・ゼーウが約束したからだ。

 デ・ゼーウは、ダンジョンを公開すると約束して、攻略を行っていた者たちを納得させた。
 鉱石以外の資源に関しては、今後の話し合いになるが、鉱石資源に関しては、デ・ゼーウが引き取ることになる。チアル大陸でおこなわれている方法を採用する形にしたようだ。
 ダンジョンは、デ・ゼーウが所有するが、近隣の街からのアタックも受け入れる。
 税に関してはこれからの話し合いだと言っているのだが、ゼーウ街だけの優遇はしないと言っている。
 もともと、自分たちでは攻略ができなかったと、デ・ゼーウが宣言をおこなった事で、中央大陸のごく一部の街では、ダンジョンを共有財産として取り扱うことに決まった。

 今後も続くとは思えないが、最初の一歩としては十分だろう。
 チアル大陸の様にまとまるのか、それとも元の状態になってしまうのか解らない。

 各街の思惑はあるだろうが、有限な資源が、資源の元となるダンジョンを手中にしたことで、緊張状態は緩和されていくだろう。

「おい」

 部屋から出ていたルートガーが戻ってきた。
 帰り支度をしているのかと思ったら違うようだ。

「ん?」

「デ・ゼーウがお前と話がしたいと言ってきた」

「うーん。面倒だけど・・・。断れないのだろう?」

「そうだな。今回の事も含めて、今後の話をして欲しい」

「ルートが決めてくれていいと思うぞ?」

「ダメだ。お前が”主”だ」

「あぁ・・・。ようするに、チアル大陸との取引ってことか?」

「そうだ」

「わかった。わかった。時間を区切ってくれ」

「わかった」

 ルートガーが部屋から出ていく。
 今後の取引も、チアル大陸として欲しい素材は存在しない。

 正確には、ダンジョンを資源と考えた状態では、俺たちが欲しいと思う素材は存在しない。
 ダゾレから採取できる物や討伐ができる魔物は、チアル大陸のダンジョンでも同じ状況に持っていける。

 ドアがノックされる。
 早かったな。宿屋まで、デ・ゼーウが来ていたのか?

「いいよ」

「ツクモ様。お久しぶりです」

「そんなにかしこまらなくていい。それで?報酬は、ルートガーが説明した以上は必要ない」

「わかっております。今後の話をしたいと思います」

「今後?」

 解っていた話だけど、デ・ゼーウの口から説明させないとダメだろう。
 ルートガーも壁際に移動して、話を聞く体勢になっている。

 俺の横に座れと目線で指示したが、気が付かないフリをしやがった。
 絶対に解っていながら無視している。

「はい。チアル大陸との関係です。ダンジョンの攻略は、ツクモ様の功績です」

「それで?報酬を貰ったのだから、依頼を完遂しただけだ」

「わかっています。なので、今後、デ・ゼーウと近隣の街は、チアル大陸との取引で負い目を感じないで居られます」

「そうだな。変に意識されるのも困る。今までと同じで・・・。あぁ取り扱う商品か?」

「はい。端的に言えば・・・。今まで、チアル大陸から、素材を輸入して、加工していましたが・・・」

「気にしなくていい」

「え?」

「買う量が減るのか、なくなるのか、それは解らない。商人たちが考えればいいだけだ」

「え?」

 ルートガーも驚いている。
 商人を規制するつもりも、優遇するつもりもない。自由経済だ。それが嫌なら、ルートガーがトップに立つしか是正する方法はない。

 富める商人がチアル大陸を害する行動をした時に潰せばいい。
 俺は、俺たちは、ルールを守るのではなく、ルールを作り変えることができる。それが、大きなアドバンテージになっている。エルフ大陸にも楔を打ち込んでいる。中央大陸の一部だが、楔を打ち込むのに成功している。
 この上、経済の規制を行うのは間違っていると考えている。

「チアル大陸から素材を買わなくなるのなら、商人たちは、開いた荷台に何かを詰めるだろう?」

「・・・。はい」

 俺が何を言いたいのか解ったのだろう。
 加工品でもチアル大陸の方が、一歩も二歩も進んでいる。チアル大陸の隅々まで加工品が行きわたっていない現状だから、商人は危ない橋を渡って中央大陸に持ってこようとは思わない。リターンよりもリスクの方が大きいと判断をしている。
 それは、中央大陸で求められるのが、資源であり、加工品ではないからだ。

 これが、資源は必要ないと中央大陸が言い出したら、商人は開いた荷台に高く売れる加工品を詰め込むだろう。

「それが、違う素材なのか、もしかしたらチアル大陸で加工された物なのか、俺には解らない。しかし、チアル大陸は、チアル大陸で回せるだけの余力がある」

 チアル大陸にしかない素材も多く存在している。

 それに、チアル大陸は、いまだに人口が増えている。
 素材を加工する場所だけではなく、加工品も充足しているとは思えない。

「わかりました。チアル大陸では、税をかけないのですか?」

「俺の統治下では、間税はかけない」

「え?」

「ルート。今まで、税をかけたか?」

「いえ、禁忌な物のチェックは行っていますが、チアル大陸内と同じ扱いにしています」

「デ・ゼーウ。ルートガーの説明通りだ。中央大陸に持ち出しても、戦略品でない限りは、禁止しない」

「戦略品?」

「ルート。戦略品に指定した物は?」

「娯楽品とツクモ様が開発した武装だ」

「・・・。いいのか?」

「ん?何が?」

「希少金属をデ・ゼーウが輸入して、ドワーフに武器を作らせることができてしまうぞ?」

「構わない。その希少金属が、チアル大陸の戦略品でなければ、問題はない」

「ドワーフたちが武器を作っても?」

「チアル大陸にもドワーフは居る。鉱石を扱える獣人族も数多く存在する。チアル大陸を越える物が簡単に作れると思うのなら試してみるといい」

「くっ」

「カズト!」

「なんだ?ルートガー。お前には許可を出していない」

「解っている。しかし・・・」

「しかし?なんだ?何か言いたいのか?そんな壁際で?その権利があると思っているのか?」

 ルートガーが俺を睨んでくるが、土俵に上がらなければ、会話に加わる権利はない。
 解っていながら壁際を選んだのは、ルートガーだ。悔しかったら、土俵に上がるしかない。

 ルートガーを睨み返せば、挑発に乗ってくるかと思ったのだが・・・。

「ツクモ様。ルートガー殿。ゼーウ街としての覚悟が足りませんでした。申し訳ない」

 デ・ゼーウの方が、ルートガーよりも大人だった。

「それで?どうする?ゼーウ街が間税をかけるのなら、商人は他の街に流れるだけだぞ?」

「はい。ゼーウ街は、商人には自由に商売をしてもらいます。ダンジョン産の・・・。ダゾレ・ダンジョンから出た物は、持ち出し禁止にします」

 まぁ妥当な所だろう。
 他の街がどう判断するのか解らないが、ゼーウ街以外で、持ち出しを禁止しなかったら、職人はゼーウ街に集まるだろう。
 商人と資材や素材の奪い合う心配がなくなるだけでも、職人にはありがたいだろう。

「それだけでは弱いな」

「そうですね。ゼーウ街の・・・。元スラムを整備して、職人街にします。最初の・・・。チアル大陸からの職人には、2年は税を免除します」

「わかった。ルート。手配を頼めるか」

「わかった。希望者を募る。誰も居なくても文句を言うなよ」

「それは、個々が考える事だ。俺は、強制も強要も好きじゃない」

 デ・ゼーウに情報を提供するために、ルートガーが部屋から出て行った。
 方針も決まったのだし、もう大丈夫だろう。
 もういい加減にチアル大陸に戻りたい。差し迫ってやることは思いつかないが、適当な理由を考えて帰ってしまおうか?

 ルートガーが戻って来るまで、新種に関して、解っていることを考察しておこう。考えるだけしかできないけど・・・。
 中央大陸は安定してくれた方が嬉しいが、荒れたら荒れたで接し方を変えるだけで、チアル大陸への影響は少ない。少なくなるように動けばいい。

 そうなると、安全面や今後の動きを考慮すれば、”新種”はしっかりと考えておく必要がある。
 チアル大陸が安全だと言い切れるまでは、可能性を潰していく必要が出て来る。その可能性も、”新種”が産まれる可能性を考えなければ、潰すこともできない。

「カイ」

 俺の足下に居たカイが身を起こして、俺の横に座る。
 反対側には、ウミが座っている。

 他に眷属がいない時には、カイとウミは俺に甘えるように寄りかかることが多い。

 ルートガーが居なくなった事が解って、ソファーの上でも大丈夫だと判断したのだろう。

『はい』

「新種は、今のところは、ゴブリンからの進化だよな?」

 俺が見た”新種”はゴブリンを残していた。
 ”できそこない”は形が崩れているが、”ゴブリン”だったと思える。

 今回も、”ゴブリン”が素体となっていると思えた。

『はい』『カズ兄。巣を攻めた時には、オークが進化したような奴らも居たよ』

 カイの返事を、ウミが上書きするように、オークも居たと言ってきた。

「ウミ!他には?」

『うーん。解らない』

 ”蟲毒”をするのに、複数の種類の魔物を使ったのか?

 オークがゴブリンの巣に居るのは・・・。無理がある。人為的に集められたと考えるのが妥当だ。

「そうか・・・」

『カズト様。何か懸念があるのですか?』

「あぁカイは気が付いているかもしれないけど、進化にはかなりの討伐が必要だ」

『はい』

「ゴブリンだけを集めることができたとして、同族同士で殺し合うような場面でも、一体が勝ち続ける状況になるのか?」

『それは』『カズ兄。巣を見ると、いくつかのグループに分かれていたよ?』

 ウミの言うことは理解ができる。

「でもな。ウミ。進化した奴が率いていたのなら解るけど、ただ強いだけの個体が率いることはあるのか?」

 派閥に分かれるまでは理解ができる。
 このあとが解らない。

 結局、一つの派閥しか生き残らなかったのか?
 それとも吸収していったのか?

 一つの派閥だけが生き残ったとして、残った派閥のゴブリンが、全て”新種”になったのか?
 俺の様に、”名付け”が行われていれば、繋がりができるから可能なのか?

 実験してみないと解らない。

 でも、ダンジョンで発生する魔物を同じ所に閉じ込めても、同士討ちは行わない。

 モンスターハウスのような罠を作った事がある。
 数種類の属性も戦い方も違う魔物を同じ部屋に詰め込んだ罠だ。

 コアが同士討ちを禁止していることもあるが、禁止しなくても、ダンジョンの魔物同士での戦闘は回避される傾向にある。
 仲間意識なのか、同族でない者の場合でも戦わない。攻撃が当たることはあるが、それだけだ。

 ダンジョンの外に居る魔物を集める?
 それとも、ダンジョンから魔物を大量に移動させる?

 どれも現実的には難しい。

 増えた魔物を閉じ込める方が現実的だろう。

『カズト様。ウミの言っているオークは、新種ではありません』

『え?カイ兄。違うよ。あれは、新種になっていたよ!』

『違う。あれは、俺たちと同じように、正統進化をしたオークだ』

 珍しく、カイがウミの言葉を遮るように否定する。
 間違っていることを正すというよりも、自分の考えを押し通すような雰囲気だ。

 カイも自信はあるが、確証がないのだろう。

 カイの言い方で、気になる言葉がある。

「ちょっとまった。カイ。正統進化と新種は違うのだな」

 俺の考えでは、新種は”進化体”の一つだと思っていた。オークは、新種ではなく、通常進化になったのなら、納得ができる。
 しかし、カイの言い方では、進化と新種は違うとなってしまう。

『はい。新種は、進化の系譜から外れたイレギュラー体です』

 イレギュラー?
 その前に、進化の系譜の確認をしなければ・・・。

 進化を深く考えていなかった。
 スキルだけではなく、スキルカードが進化に関係している?

「カイ。進化の系譜とは?」

『はい。フォレスト・キャットでした。そこから、進化を繰り返しています』

「そうだな」

『新種は、フォレスト・キャットが何かの因子を取り込んで、例えば、シー・キャットに変ったような者たちです』

 カイの説明で、一つだけ気になった事がある。
 系譜とは違う”因子”を組み込めば、もしかしたら・・・。

「そうか、新種は、進化した魔物だと思ったのだが、特殊進化だと考えればいいのか?」

『わかりません。しかし、新種は通常の進化の系譜ではないと思います』

「なぜ?」

『はい。進化の系譜なら、戦い方が大きく変わることはありません。また、進化の失敗もありません。そして、意思を持つことはあっても、失うことはありません』

 カイが言い切っているのなら間違いはないだろう。
 意識を獲得することがあるのは、経験しているから解っている。コアも、コアの状態では、意識を持つことはない。名付けて、眷属にすることで、個性が産まれる。その時に、意識を獲得しているの。
 そう考えれば、獲得した意識を失うのは、進化とは違う仕組みだと考えられる。

「ん?カイとウミは・・・。あぁ俺と契約したからか?」

『はい』

 カイの言っている内容なら、検証が可能かもしれない。
 ゴブリンを進化させてみて、新種にならなければ、進化と新種は別な可能性が高い。

 問題は、”できそこない”の方だけど、カイの説明だと、進化の失敗に該当するのだろう。

 あとは、”因子”だが・・・。

「カイ。因子に、心当たりはあるか?」

『ありません』

 言い切ったが、今までと違っている。
 何か、心当たりがあるのだろう。言い難いとは違う。確証が持てないのだろう。

『ゴブリンの巣は一か所だけだけど、エルフの島にいる時に襲ってきた”できそこない”たちとは、違う感じがしたよ?』

 ウミの”感”は、よく当たる。
 同じ”できそこない”に見えても、違う?

「ん?ウミ?違う?何が違った?」

『うーん。うまく言えないけど、元は同じゴブリンの弱い奴だけど、あ!そうだ。シロ姉とステファナの違いみたいな?』

 ウミも確信は持てないようだが、もしかしたら・・・。

「人の因子を組み込んだゴブリンか?」

 カイも、この結論には達していたのだろう。
 ただ、確証が持てないのと、証拠がないので、”ありません”と答えたのだろう。

『うーん。よくわからないけど、同じだけど、違うみたいな感じ!』

 ウミの言い方では、因子の問題では無いようにも思えるけど、的を射ているのかもしれない。

 ”因子”をDNAと考えればいいのか?
 子供を産むのではなく、自らに取り入れて進化の時に、DNAが進化に作用する?

 生殖行為だと考えるのが一般的だけど、取り込むと考えると、生殖行為ではないと思う。
 そして、摂取でもないだろう。それなら、もっと前から”新種”や”できそこない”が現れていてもいいはずだ。

 やはり、人為的にDNAを打ち込まれた可能性を考えるのが妥当だ。

 もし、俺が考えているような方法だとしたら・・・。
 実際に行った奴らを許すことができない。許しては行けない。どんな理由があっても・・・。だ。

 新種の考察は、チアル大陸に帰ってから、本格的に調べないとダメだ。
 シロにも、フラビアにも、リカルダにも確認をして、あとは教会勢力にも確認を行おう。

 あと、奴隷商のメリエーラにも確認をしたほうがいいかもしれない。

 ゼーウ街から、チアル大陸には、デ・ゼーウが用意した船で向かうことになった。

 チアル大陸に本拠地を置いている商人に頼む予定だったのだが、デ・ゼーウが前に拿捕した船を下賜した者が立ち上げた商家だ。運営実績も問題がない。チアル大陸との取引も行っている。

 船は、元アトフィア教の司教が使うために作られていた物なので、豪華になりすぎた感じの船だ。

 船倉は、無かったと言っていたが、奴隷を連れ帰る為の場所が存在していた。アトフィア教らしい船だ。

 その奴隷を詰め込んでいた場所を船倉に改造した。

 この船で、アトフィア教の港にも出向くと言っていた。知っていてやっているのだとしたら、船長や船員たちの性格は攻撃に偏るのだろう。

「ツクモ様」

「船長か?いや、商隊長と呼んだ方がいいか?」

「たかが、船一艘での商隊です。どちらでも、ツクモ様の呼びやすい方で、お願いいたします」

「わかった。船長。それで?俺に何か用事でもあるのか?行程は、ルートガーに一任している。船のことは、船長に任せる」

「いえ、船の旅にも慣れていらっしゃるようなので、暇を持て余しているのかと思いまして、雑談でも、と、思いましたが?」

「ははは。船長。話しやすい言葉で構わない。それで?本音は?」

「はぁまぁデ・ゼーウから聞いていた通りの人ですね。遠慮なく・・・。ツクモ様に、聞きたいことがあります」

 船長は、座っていた椅子から立ち上がって、頭を下げた。船長なりのケジメなのだろう。

「ん?知っていることで話せることなら教えるぞ?その代わり、対価が必要になる話もあるからな」

「それは怖いですね。私が払える範囲でお願いします」

「それは、船長次第だな」

「はぁ・・・。ツクモ様たちは、あの異常な魔物を倒せると聞いたのですが?」

 本題は、新種の話だ。
 船乗りは、やはり”知っている”ことが確定した。

「船長。俺たちは、新種や”できそこない”と呼んでいるが、船長たちには、固有の呼び名はあるのか?」

「呼び名ですか?考えたことが無かったです」

「そうか・・・。その異様な魔物は、新種と”できそこない”と呼んでいるが、俺たちも完全に倒す方法が解っているわけではない」

 カイとウミとライの力技しかない状況だ。

 船長は、期待していた答えではないだろう。

「そうなのですか?」

「あぁ」

 船長は、落胆した表情をみせる。

「なんだ?困っているのか?」

「いや・・・。そうですね。俺たちは、逃げの一手で見かけたら外洋に逃げるので、被害は軽微なのですが、仲間内で何隻かやられてしまった者たちが居まして・・・」

 船長は、困っているという問いかけに、最初は否定をしようとしたが、途中で言葉を変えて、正直に話をすることにした。
 商人としては、弱みを見せることに繋がるのだが、船長としては、乗組員や仲間の命の方が大事だと考えなおした。

「ん?」

 逃げる?
 船長が口にした、逃げの一手は戦術としては正しいと思う。道の魔物で、倒し方も解らなければ、逃げるのが一番だ。トレインにならないようにすれば、逃げるのは”有り”だ。命をかけて戦う必要がなければ、逃げてしまうのが安全だ。
 しかし、”外洋”に逃げれば大丈夫なのは、新しい情報だ。

「なにか、ありましたか?」

「外洋には居ないのか?」

「そうですね。外洋に逃げれば、追ってきません。浅い所にしか現れないので・・・」

 外洋には居ない?
 でも、外洋で見かけたという話もある。どちらが正しい。または、どちらも正しいのか?
 船長たちが見た”新種”や”できそこない”は外洋に出ない。それとも、逃げ始めたら、追ってこないのか?

 浅い所にしか現れない?
 大陸と大陸には、外洋がかならず存在している。

「船長。今の話では、新種や”できそこない”は、その大陸で産まれたことになるが?」

「違うのですか?そもそも、あいつらは何者なのですか?」

「まだ確定していないが、”できそこない”は、進化に失敗した魔物だと考えている。新種は進化に成功した魔物だ」

「え?進化?通常進化でなくて?」

 船長は、魔物が進化することを知っている。
 情報が命である商人でも知らない者がいる情報だ。船乗りは、船乗りに独自のネットワークと”識者”がいるのか?

「そこが解っていない。ゼーウ街の近くで、魔物が一か所に閉じ込められていて、そこに新種と”できそこない”が居たことから、人為的に引き起こされているのではないかと思っている」

「え?そうなると・・・」

「何か、心当たりがあるのか?」

「俺が見たわけではないのですが・・・」

 船長が語ったのは、船を使った商売をしている者たちの集まりに参加した時の噂話だ。

 どこかの商隊が、中央大陸の港町から、魔物を大量に船に積み込んだ。
 向かうのは、”チアル大陸”。その船は、洋上で何者かの攻撃を受けて船員が全滅してか・・・。理由は定かではないが、船が放棄されたのは事実らしい。

 しかし、船で何が発生したのか見た者は皆無だ。
 その船が漂って、”チアル大陸”の裏側に漂流したのが発見された。

 ロックハンドに”できそこない”が出現した理由か?
 時期がはっきりしないから・・・。特定は、難しいと思うが・・・。そうか・・・。

 乗組員の生存者はいなかった。
 そして、積んでいたはずの魔物の姿も見られなかった。

「それからです。いろいろな大陸で、ツクモ様たちが呼んでいる”新種”や”できそこない”を見かけるようになったのは・・・」

「他の大陸でも見るのか?」

「はい。見かけます」

「船長たちは、逃げると言っていたが、他の大陸では、対処はどうしている?」

「基本は、戦います。しかし、姿が崩れている奴ら・・・。”できそこない”ですか?奴らは、なんとか倒せるのですが、”姿が崩れていない”魔物は倒せないので、傷を与えて、”逃げる”を、繰り返します」

「え?それで?」

「俺たちは、遭遇していないのですが、傷を負わせると、そこから崩れていく奴が現れるようです」

「崩れる?”できそこない”になるのか?」

「見た奴らの話では、腕がいきなり取れたりするようです」

「それは・・・。”討伐”と違うのか?」

「いえ、取れた腕を・・・。その、くっつけるようなのです」

 再生するのではなく、くっ付ける?
 カイやウミからは聞いたことがない。

 倒せてしまうので、知らないだけなのか?
 それとも、進化の方法で違いが産まれるのか?

「は?生物として・・・。いえ、魔物だとしても、聞いたことがない。俺も見たことがない」

「はい。なので、遭遇した連中は、足を狙って、傷を付けて、行動力を奪うことから始めるようです」

「そうか・・・。動けなくしてから・・・」

「そうですね。スキルを使えば、楽にはなるようですが、それでも、得られる物が・・・」

「あぁスキルカードが出るけど、使ったカードを考えれば・・・。レベル2か3程度では・・・」

 やはり、船長たちも、形態こそ違うが商人なのだろう。
 ”逃げ”を選択するのは間違っていない。

 ”新種”や”できそこない”からドロップするカードが、進化前の個体と同レベルなのは認識している。

 ”新種”や”できそこない”が想像通りに、人為的な偶発から産まれたのなら、本腰を入れて調査と駆除方法の確立を行わなければ、”新種”や”できそこない”を大量に生産して攻め込んでくるような愚かな事を行う大陸が出て来る。

「はい。ですので、”逃げる”のが、一番だと考えているのです」

「その情報は、今後の新種と”できそこない”への対応に繋がる。討伐方法や対応策が見つかったら、船長にも情報を流す」

 商人とは違う情報網を持つ船長たちに流せば、他の大陸にも情報として流れる。
 商人と船乗りからの別々のルートから同じ内容の情報が流れてきたら、信じるしかないのだろう。

「それは・・・。いえ、ありがとうございます」

 船長が、躊躇したのは、船長が”ゼーウ街”所属なことだ。
 チアル大陸から無償で重要な情報を貰うのは憚れる。
 その為に、船長は”断る”という選択肢を飲み込んだ。

「あまり、期待はしないように、俺も新種にだけ構っているわけではない」

「いえ、ツクモ様なら、胸を期待で一杯しています」

「ははは。それで、船長。魔物を詰め込んだ船は、どこに向かう予定だった?」

「あぁ・・・。船の持ち主は、森林大陸の者でしたが、向かうのは、アトフィア大陸です」

 想像ではあったが、具体的な言葉を聞いた。