一眠りはさせてもらえそうもなかった。

 すぐにモデストが戻ってきた。

 目の前で跪いた。今は、俺しかいない。ルートも事後処理に向かっている。

「旦那様」

 頭をあげない。
 モデストは、配下としての報告があるようだ。

「何がわかった?」

「はい。エクトルは、単独で旦那様を狙っていました」

「それで、完全回復を得る目的は?」

「森精の姫に使う予定だったようです」

「森精?エルフ族の姫?」

「はい。エクトルの今の主人は、エルフ族の姫です」

「それは面倒だな。それで、完全回復を欲しがっていると言うのは?」

「その姫が昏睡状態なのです」

「ふーん。正面から言ってくれば対価次第では譲ったのに・・・」

「はい。エクトルにも同じように説明しましたが・・・」

「無意味だったのだな」

「はい。新婚旅行のついでに行ってみるか?モデスト。お前も一緒に来い。エクトルも連れていくぞ」

「かしこまりました」

「それで、魔物は、影か?」

「はい。奴の影に魔物を入れて運んだようです」

「そうか、運んだのだな?」

「はい。奴は、そう説明しています」

「それならよかった。モデストにも出来るか?」

「私には出来ません。奴の技能です」

「他の者は?」

「確認はしていませんが、無理だと考えています」

「急がないから、確認を頼む」

「はっ。旦那様。”よかった”とは?」

「運んだのなら、残っている可能性はあるが、有限だろう?」

「そうですね。奴の説明では影で捕えた魔物だけが対象だと言っています」

「俺が恐れたのは、どこかの大陸の技術で作られた魔道具とかで”魔物が湧き出す物”を使った場合だ。これが、一番怖かった。次に怖かったのは、奴の技能が”魔物が居る場所”と空間を繋げる技術を持っている場合だ。この場合は、奴の後ろには”魔物の集団”が居るのと同じになる」

「あっ・・・」

 モデストも指摘されて考察したのだろう。
 俺が慌てていた意味がわかったようだ。

「同じ手口は使えない・・・。と、思っていいようだな」

「はい。旦那様」

「警備は通常と同じレベルで構わない。それから、式が終わったら、新婚旅行に出かけるからな。俺の従者としてモデストを連れて行く、エクトルにも準備をさせておけ」

「はっ」

 モデストは立ち上がって、部屋から出ていった。

 ふぅ・・・。
 それにしても、ここに来て”エルフの姫”が出てくるのか?
 やっかいな話にならなければ・・・。

 一人で寝るのも・・・。
 ベッドに身体を預ける。身体の疲労はないが心には疲労が溜まっているのだろう。

 横を見れば、カイとウミが丸くなって寝ている。
 もう安全だと判断したのだろう・・・。

---

「旦那様」

「・・・」

「旦那様」

 誰だよ。
 うるさいな。

「あ?」

 リーリアが目の前にいた。

「すまん。リーリア」

「大丈夫です。それよりも、カトリナ様がお越しです」

「ん?予定はなかったよな?」

「はい。服飾関係者を連れて、旦那様の衣装の最終確認に来られました」

「あぁそうか、わかった」

 着替えをして、カトリナが待っている部屋に移動した。

「ご領主様。はじめまして、商業区でオーダーメイドの服飾を作っております。レナータと言います」

「領主は辞めてくれ、ツクモでいい」

「はい。ツクモ様!」

 なぜ嬉しそうにしている。
 カトリナを見ると、複雑な表情をしているが、問題はないだろう。そもそも、カトリナが連れてきた女だ。

「それで、今日は衣装合わせなのか?」

「はい。出来上がった衣装をお持ちしました。最終の確認をお願いします」

 衣装合わせか・・・。
 前にもやったけど、確かに最終調整は必要だな。

「おい。カトリナ!」

 目の前に出された衣装は、注文していたものよりも多い。

 カトリナを呼ぶが目をそらしやがった。リーリアが用意したお茶を飲みながら菓子をつまんでいる。

「ご領主様!聞いていますか?」

 呼び名が戻ってしまっているが、もう気にならない。
 持ってきた衣装の説明をしている。

 なぜ説明が必要になっているのか?

 それは、俺が考えていた以上の服が目の前に置かれていて、全部を着る必要があるのだと説明されているからだ。
 衣装の色もいろいろ揃っている。朝と昼では光の加減が違うので、衣装の色も変えてほしいと言われた。

 すごく面倒だ。
 どうせ、シロが主役になるのだから、俺は、紺や黒でシックにまとめればいいと思っていた。
 しかし、用意された衣装は、白は当然だとして、オレンジ色や黄色まである。俺は、マクラーレンやルノーではない。

「カトリナ!白は、我慢しよう。他は、黒だけにしろ、他の色は却下だ!」

 強権を発動する。
 絶望の表情を見せるレナータ。

「シロの衣装に負けないようにしたのは解るけど、派手だ。シロより目立つ色は却下だ」

「え?」

「なんだ?レナータだけじゃなくて、カトリナがなぜ驚く?」

「シロ様の衣装も、いろいろありますが、あれに負けないようにと考えていました」

「そうなのか?カトリナ。それが一般的なのか?」

 カトリナが肯定するように頷く。

「もしかして、シロじゃなくて、俺が見世物になるのか?」

「はい」

 カトリナが絶望的な言葉を口にする。
 それだけではなく、レナータが嬉しそうにうなずいている。

 日本の結婚式をイメージして指示をだしていた。どこで曲解されていたのかわからないが、カトリナの話では、商業区を馬車でパレードしたり、行政区から神殿区まで移動したり、いろいろな移動経路が設定されているらしい。
 どうしてそんなことになったのか・・・。

 ”()()宴”という言葉が悪かったようだ。そして、()()()と解釈されて伝わった。
 しっかりと説明しなかった俺も悪かったが、カトリナが”()()()”で屋台を出したいと言ってきたときに気がつくべきだった。
 ルートが、馬車の手配が終わったと報告してきたときに気がつくべきだった。
 元老院から移動ルートの確認が来た時に気がつくべきだった。

 最後の抵抗で、衣装だけは”黒”と”白”だけにした。全部の衣装で、”黒”と”白”が用意されていたのは幸いだった。シロの衣装に併せて、明るい色のときには、黒を着て、暗い色のときには、白を着るようにする。

 衣装の微調整は、すぐに終わった。
 レナータが残念そうにしていたので、ワンポイントで使うハンカチーフは、レナータがセレクトした物を身につけると約束した。

 二人が帰ったあとで、ニコニコ顔のルートが部屋にやってきた。

「その顔は、気が付きましたね」

「ルート!」

「そうですね。貴方が勘違いしているのには気がついていました。でも、もう手遅れです」

「わかった。おとなしく見世物になる」

「ありがとうございます」

 それはもう満々の笑みだ。
 仕返しをしようにも、一緒に馬車に乗せることは出来ない。クリスと二人で、馬車に乗せても喜ぶだけのような気がする。

「ルート。クリスは?」

「シロ様の所に行っています」

「え?なんで?」

「・・・」

「ルート?」

 ルートは大きなため息を吐き出した。
 そして、ニヤリと笑った。

「そうですね。知らないのですよね」

「だから、何を知らないと言っている?」

「元老院も、他に適切な人がいないとか行っていたけど・・・。カズト・ツクモ様。クリスティーネは、シロ様に結婚初夜の説明をしています」

「・・・。ん?初夜の説明?」

「はい」

「?」

「本当に、何も聞いていないのですか?」

「あぁ」

「この大陸では、権力の近くに居る者が結婚する時には、側女が初夜に控えることになっています」

「え?」

「お世継ぎを作れるのか確認するためです」

「・・・。必要ない」

「そうおっしゃると思っていました。なので、クリスティーネが説明しています。アトフィア教にも同じような慣習があるので、シロ様が望まなければ、取りやめるつもりです」

「そうか・・・。わかった。いろいろすまん」

「いいですよ。その代わり、披露宴(パレード)はしてもらいます」

「わかった。諦める」

 ルートの今日一番の笑顔を見られた。俺を嵌められて嬉しかったようだ。

 それにしても・・・。全てが遅かった。
 式は、明日から執り行われる。