執務室で、シロとメイドが入れたお茶を飲んでいると、スーンとミュルダ老とメリエーラ老が面会を求めてきた。
「大主様。実務会議が終わりました」
「ありがとう。スーン。まとめに入ってくれ」
「はっ」
スーンが一礼して、隣の執事が待機している部屋に入っていく、会議の内容を議事録の形でまとめさせて、皆に配布する資料にする。そのまま、デ・ゼーウに渡っても問題ないように隠すべき情報は載せない事も忘れずに指示を出しておく。
俺とシロが座るソファーの正面にミュルダ老とメリエーラ老が座る。
「老。それで、会議はどうだった?」
ミュルダ老が出された”珈琲”を一口飲んで何か言いたそうにしてから、口を開いた。
「ツクモ様。概ね問題はありませんでした」
「そうか・・・些細な問題は有ったのだな」
「はい・・・それは」
メリエーラを見る。
珈琲を一口飲んでびっくりしている。そりゃぁそうだろうな飲んだことがない物だろう。細々と出していた珈琲が量産体制に入ったので出してみた。飲み物に関しては、かなり満足できるレベルになってきている。酒に関しては、若返ってからそれほどのみたいという欲求がないので開発は進めているが積極的に作っていない。そのうちいろいろ作ってみようとは思っているが、外敵を排除してからだろうな。
「ツクモ様。この飲み物は?」
「あぁ後で説明する。やっと、量産体制が整ったのでな。俺は珈琲と呼んでいる。砂糖やミルクを入れてもうまいぞ?」
「その話は後日お聞きします。まずは、シロ様。ご婚約おめでとうございます」
「老。それは」
「わかっております」
「??」
「ゼーウ街への牽制の意味も有るのでしょうが、本当のご結婚なのでしょう?」
「なぜそう思う?」
メリエーラ老を睨んでしまったが、そんな事は想定済みだとでも言いたそうな顔をしている。
「ツクモ様。年寄りをあまり舐めないでいただきたい。ミュルダの小僧やシュナイダー程度の若造は騙せるかも知れませんが・・・。シロ様を見ていればわかります。それに、私の子らや、集落から集められた子、神殿区でしたか?あそこを見させていただきました。ツクモ様。貴方が”子”に与えた物は・・・そんな御仁が、身近に置いた女性を餌にするだけで終わるとは思えませぬ」
「ふぅ・・・老。それは」
「ここだけの話にしておきます。事前にお知らせいただければもっと効果が高い状況に持っていけましたが・・・残念です。ミュルダ殿。カスパル=アラリコ・ミュルダ・メーリヒ!」
「はっ!ツクモ様。今のメリエーラ殿話は?」
「概ね本当だ。ゼーウ街の件が終わったら、シロを正妻にする。問題は無いだろう?」
「もちろんです!しかし、よろしいのですか?」
「何がだ?」
「シロ様は・・・」「カスパル=アラリコ・ミュルダ・メーリヒ!ツクモ様の正妻は、シロ様で、アトフィア教とは一切関係ない。アトフィア教が何か勘違いしてきたら、滅ぼせばよかろう。ワシは奴らが嫌いじゃ!特に今の教皇は狂っておる」
「メリエーラ殿・・・わかりました。ツクモ様。よろしいのですね」
「あぁもちろんだ。シロ以外は考えられない。それに、シロは・・・・そうだな。メリエーラ老。シロの両親を探してくれるか?」
「え?」「は?」
ミュルダ老とシロがびっくりする。
「なるほど・・・それはいいかも知れないですな。ツクモ様は面白い事をお考えになられる。少し、シロ様とお話させてもらってもよろしいですか?」
メリエーラ老はわかってくれたようだ。
シロが、アトフィア教と関係がない事を演出する必要がある。簡単な方法は、両親が居る事を明確に示せばいい。それも、エルフかハーフエルフなら寿命の事もごまかせるかも知れない。
「あぁシロ。少し、メリエーラと話をして欲しいがいいか?」
「あっはい。問題ないのですが・・・両親・・・??」
説明を含めて、メリエーラ老に任せる事にした。シロを連れて、隣室に移動する。
「ミュルダ老。それで、会議で出た問題点は?」
「いくつかありますが、やはりシロ様の事が大きかったようです」
「そうか?」
「はい。メリエーラ殿が場を執り成しましたので、紛糾とまではなっておりません」
「わかった」
「それで、先程のお話は・・・」
「本当だ。老。ゼーウ街からの耳の話は聞いているか?」
「はい」
「知っているのは?」
「数名です」
「間違いに気がついた耳がどう動くか・・・」
「わかりました。それでですね。後継者の話にもなりまして、ワシが預かる事になりました」
「そうか」
「いくつかお聞かせください」
「なんだ?」
「ツクモ様が、シロ様と今後生まれるであろうご子息を後継者にしないと言うのは・・・」
「本気だ」
「そうですか・・・お気持ちが変わるような事は」
「ない」
「それに、俺とシロに子供ができるとは限らないだろう?」
隣室に行っていたメリエーラ老が、シロを連れて戻ってきた。
勢いよく俺の所まで来て、襲いかかるくらいの勢いで
「ツクモ様。どういう事ですか?」
「老。なんだ一体」
「ツクモ様。シロ様の・・・貴方も・・・種族ですが・・・ふぅ・・・申し訳ない。少し取り乱しました」
あっシロの種族を偽装するのを忘れていた。
戻したままだった!
「老。すまん、偽装するのを忘れていた」
「それは、今はいいです。それよりも、シロ様に確認したのですが、ツクモ様も同じ種族だとお聞きしましたが間違いないですか?」
「あ・・・あぁ”ヒューム”で間違いない。今は、人族に偽装しているけどな」
「・・・あぁぁぁぁ」
メリエーラ老が、跪いて、臣下の礼・・・どころじゃないな。平伏した状態になっている。
「老。一体どうした・・・?」
エルフ・・・というよりも、ハイエルフ族に伝わる話として、ヒュームの伝説を語りだした。
元々世界の種族は一つだった。
その種族が”ヒューム”と言われている。”神から使わされた者たち”という意味だという事だ。
ヒュームが、退化したのが人族。
ヒュームが、森に入り適応したのが、ハイエルフ、そのハイエルフが世代を重ねる事で、特徴が顕著に出たのが、今のエルフ族になる。
ヒュームが、鉱石を求め鉱山に入り適応したのが、エルダードワーフ。エルダードワーフが世代を重ねたのが、ドワーフ族。
ヒュームが、ダンジョンに入り魔物の因子を取り込んだのが、獣人族。
全ての種族は、ヒュームが始まりなのだと言われているらしい。
アトフィア教が、他の種族を蔑視するのは、自分たちこそが、ヒュームの末裔だと思っているからにほかならない。
”始祖”という言葉が一番しっくり来るのが、”ヒューム”という種族なのだと、平伏したまま話している。
「とりあえず、老。ソファーに座れ。シロも固まっていないで、ソファーに座れ」
「はっ」「・・・はい」
「まず、メリエーラ老。たしかに、俺とシロの種族は、”ヒューム”で間違いない」
「それでは!」
「待て待て、俺もシロも、人族だった。それが、ダンジョンの攻略を進めて、スキルを得る事で、”ヒューム”に変わった。だから、最初からではない」
「え?そんな・・・ことが・・・」
「間違いない」
「・・・ツクモ様。それでも、ヒュームなのは・・・」
「あぁ俺が知る限り、俺とシロだけだ。フラビアやリカルダは人族のままだ」
「そっそうですか。ツクモ様。シロ様。落ち着いたらでいいので、一度族長にお会い頂けないでしょうか?」
「族長?エルフのか?」
「・・・はい。本来なら、族長がこちらに赴くのが筋である事はわかっているのですが、高齢で・・・その・・・」
「いいよ。シロ。いいよな?ゼーウ街が落ち着いて、街が安定してきたら・・・俺とそうだなカイとウミも連れて、エルフの族長に会いに行くか?」
「はい!」
「老。それで問題ないか?」
「もちろんでございます。里には、ワシから連絡を入れておきます」
「あぁそうだ。ゼーウ街やアトフィア教に対応するときに、協力してくれるように頼んでおいてくれ」
「かしこまりました」
「それで、メリエーラ老。俺とシロの種族は公表した方がいいのか?」
「・・・難しい所です。ワシとしては公表した方が良いとは思いますが、アトフィア教がどう出るのかわかりません。それに、シロ様は・・・」
「教皇が、シロを取り返しに来る可能性があるか?」
「・・・はい。あの者なら、シロ様の事が解れば、自己の権力基盤を固めるのに利用しようとするのは間違いありません」
ふぅ・・・やはり、暫くは偽装しておいたほうがいいだろう。
「老。ヒュームは寿命が長いとシロから聞いたが本当か?」
「わかりませぬ。ツクモ様お気づきだと思いますが、ワシはハイエルフで300年近く生きております」
「そうか・・・」
「はい。ヒュームに関しては、長老しか知らない事が多くワシなどでは話せる事が少ないのです」
「噂程度でもいいのだけどな。後継者の問題にもなってくるのだろう?」
「・・・寿命はわかりませんが・・・ヒュームは、人族の20程度までは同じ速度で成長して、その後100年程度で一つの年齢を重ねると言われています。寿命となる年齢はハイエルフと同等と言われています」
ちょっと待て、今の理論だと・・・俺とシロは、ハイエルフのメリエーラ老が300歳近いと言う事なら100×300=30、000歳?でも、それだとおかしい・・・ヒュームが生き残っていない事がおかしい。
この星の誕生と一緒に産まれたのだとしても、1代で終わるようでは”種”とは言えないだろう。
それとも、それだけの寿命があれば、出生率なんてほぼ”0”になっていても不思議ではない。気がついたときには手遅れだったのか?
少し保留だな。
ハイエルフと同じ300年程度は生きる事が確定したと思っていればいいだろう。
「わかった。ミュルダ老。メリエーラ老。この件は、ここだけの話しとしてくれ」
「はい」「かしこまりました。始祖様」
「老。ドサクサにまぎれて、始祖と呼ぶな。俺もシロも、始祖ではない」
「ハハハ。ダメですか?」
「ダメだ。今までどおりにしろ」
「かしこまりました。ツクモ様。シロ様」
話しがごちゃごちゃしすぎた。
「ミュルダ老。会議の話しに戻ろう」
「・・・はい」
一杯、一杯なのはわかるけど、俺としては、俺とシロの事よりも、街の事の方が大事だ。
「ツクモ様。後継者の事は・・・もういいですね」
「ダメだ。会議で何か有ったのなら教えて欲しい」
「はい。会議では、後継者の件に付いて取りまとめて欲しいという声が上がりました」
「そうか・・・今、スーンにまとめさせている。基本的には、俺とシロに子供ができたとしても、子供を無条件で後継者にするつもりはない。俺が死んだ時に、一番力と知恵を持っている者が全部を受け継げばいいと思っている」
「それです。力と知恵というのが曖昧で・・・どうしたらいいのでしょうか?」
「そうだな。例えば、俺が死んだときに、ヨーンが後継者になろうと思っても、シュナイダー老やリヒャルトが反対するだろう」
「そうですな」
「同じ様に、リヒャルトが全部を求めても、ヨーンは従わないだろう?」
「はい。間違いなく」
「エリンや竜族が求めたら、皆は渋々従うかも知れないが、パレスキャッスルやパレスケープやロングケープは従わない可能性が出てくるし、ヒルマウンテンから離れれば離れるほど今ほどの協力体制は取れないよな?」
「そうなると思います」
「今は、微妙なバランスの上に成り立っている」
「はい」
「だから、そのバランスが取れるのなら誰がトップでもいいと思わないか?」
「いや・・・しかし・・・わかりました」
「すぐに納得しろとは言わないけど・・・スーンとまとめてくれ」
「はい」
なんだか、重要な事を何も聞かない状態のような気がしたが、ミュルダ老とメリエーラ老が執務室から出ていった。
初稿としてまとまった資料をスーンが持ってきたので、それを3人で読み合わせを行うという事だ。
部屋には、俺とシロが残される格好になった。
ソファーから立ち上がって、伸びをする。
「シロ」
「っはい」
「どうする?」
「え?」
「あぁすまん。俺は、洞窟に戻ろうかと思うけど、シロはどうする?」
「ご一緒致します」
シロと一緒に、ログハウスから洞窟に抜ける階段を降りる。
結局、この場所が一番落ち着くのだよな。
俺の部屋でメイドに用意してもらったスキルカードを取り込んでいく、ステファナとレイニーに付与する予定のスキルカードだ。シロと話をしなければならないのだけど、ある程度の方向性は決めておこうと思っている。
椅子に座って、スキルカードの鑑定をしていると、シロが珈琲を入れてくれた。
「おっありがとう」
「いえ、上手くできたか心配ですが・・・」
一口飲むが十分うまい。
”無粋な泥水”と誰かが言っていたが、個人的には、美味し紅茶>>>>珈琲>普通の紅茶>まずい紅茶だと思っている。なので、うまい紅茶が手に入らないのなら、珈琲を飲むのが良いと思っている。
緑茶は水代わりに飲んでいるから、飲む頻度としては一番多くなっている。やっぱり落ち着くのだよな。
「シロが淹れたのか?美味いぞ」
嬉しそうにするシロを見ているとこっちまで嬉しくなる。
ホッとする様子が手に取るようにわかる。
「カズト様」
「あぁこれから、洞窟に居るときには、シロに珈琲を頼む事にするよ」
それが正しいのかわからないが、シロの雰囲気から正しかったのだろう。
そうか・・・それなら
「そうだ、シロ。これを渡しておく」
「これは?」
そうか、豆の焙煎や粉にする所は知らないようだな。
珈琲の豆の焙煎から教える事にした。何度かやっていれば、美味しくできるようになるかも知れないからな。
道具を嬉しそうに見ているシロが愛おしい。
「カズト様」
道具を収納に仕舞って、俺の正面に座る。
雰囲気が変わった
「なんだ?」
「カズト様にお聞きしたい事があるのですがよろしいですか?」
「あぁいいぞ?」
シロが何を聞きたいのかわからない。正面を向いて、シロを見つめる。
「カズト様。先程、メリエーラ殿にお話した内容でしたが・・・」
「ヒュームの件か?」
「はい。カズト様は、人族から変わったとおっしゃっていましたが・・・本当なのでしょうか?」
「なぜそう思うのだ?」
「いろいろ有るのですが、一番は、カズト様のスキルが・・・聞いた事が無いものでして、それに、僕が・・・あっ私がヒュームになった時にもあまり驚いていらっしゃらなかったので・・・、他にも、珈琲とか、甘味にしても・・・いろいろ不思議なのです。それに、私はダンジョン・・・実戦をあまりしない状況で、ヒュームに変わりました。先程の説明と違っています」
「シロ。無理に口調を整える必要はない。それに、俺はシロが”僕”というの好きだぞ」
「・・・え?あっはい」
そうだな。シロには教えておいた方がいいかも知れないな。
「シロ。少し長くなってしまうが・・・俺の話を聞いてくれるか?」
「はい。もちろんです!」