私が話せる事はこれ以上無い。
ボスも上司も、そして私たちは彼の結婚式の事を完全に忘れていた。
彼が立ち上がって、上司の所に歩み寄るまで誰も彼の結婚式の事を忘れていたのです。
流石に、中止にしろとは言えませんし、言うつもりもありません。
全員で出席するためにもスケジュールの組み直しが必要になるだけです。
それも、一番負担がかかるのは彼なのです。データの精査をする為の基礎データを作って、整合性を確認する為のプログラムを作るのが彼なのです。その合間に、結婚式の打ち合わせを行う。
寝る時間があるとは思えません。
彼は頑張りました。
私たちも頑張りました。
結婚式の前日に、彼は皆に頭を下げます。
「すみません。明日が式なので、今日は帰らせてもらいます」
誰も文句を言いません。
当然です。自分たちも、明日の式には出席予定なのです。
結婚式は無事終わりました。
正確に説明すると、出席者の大半が結婚式に出席した事は覚えているのですが、徹夜明けの状態で出席したために、乾杯でアルコールが身体に入った時点で半数が記憶を飛ばし、残りの半数は夢の世界の住民に成り下がっていました。
そして、幸せいっぱいの新婦の横で船を漕ぎ出す新郎。でも、実際にそれを見ていたのは、新郎側では親戚や高校や大学時代の友達を除けば、社長だけだった。新郎側の出席者に用意されていた、会社関係者のテーブルで最後まで意識を保っていたのは、社長だけだったのです。
ビデオには、意識を保っているようには見えないテーブルの麺を呆れ顔の新婦がはっきりと映っていたのです。
新婦は彼の仕事の事もすべてわかった上での結婚だったようです。
それは、後日にお詫びを兼ねた食事会を開いた時に聞いた話しでした。
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今でもその当時のメンバーが集まれば、伝説の結婚式の話になる。
上司やボスの采配に文句を言うメンバーはいませんが、優秀な大学を優秀な成績で卒業した営業様はこの件をきっかけに社内からの重圧に耐えられなくなって会社を辞めていったのですが、辞め方がまた酷かったと今でも話しに上がるほどなのです。
営業は、会社を辞める時に、自分に不手際がなかった事を、営業の上司に一筆書いてもらおうとしたのですが、この時点で営業部では腫れ物扱いだったのです。
自主退社扱いでの退社を迫ったのですが、営業の彼はのみ込まなかったのです。
しかし、これ以上働かせるわけにも行かなくなって居たのも確かです。そこで、社長の一言で解雇の手続きが取られる事が決まりました。同時に状況説明と解雇した事。もし、営業の彼が関連会社や協力会社になにか言ってきても、会社として絶縁した事を説明したのです。
この時点で、話は付き合いのある会社には伝わっていたので、社長の決断を悪く言う人は存在しませんでした。
そんな営業の彼は、次に入った会社でも同じ様な事・・・。より問題のある行動をとったのです。会社の金に手を突っ込んで、裁判沙汰になったようです。
その後、和解にはなったようですが、心を壊して入院してしまったようです。
退院後は、故郷の北の大地に戻ったと風のうわさで聞いたのが最後でした。