取扱説明書に記載されている使用上の注意を正しく読むことが出来たのならば、きっと毒だって薬になるのよ。

裏切りは許さない
(離れることは構わない)


仲間でさえも
(たとえ敵になっても)


絶対に
(話し合えればいい)


私の大切な人達を傷付けるから
(仲間じゃなくて家族だから)






外界のざわつきを遠くに、ニ人だけの空間で対峙する。


凶器を向ける女と向けられた男。



「貴女は誰であろうと確かに殺すことが出来るでしょう。ですが…、いきなりこんな事はしない。まずは経緯や動機を聞き、様々な事を考慮し総合的に判断する。それが貴女だ。」



ここは、その世界で結構名の知れた古参マフィア組織のホームの一室。



前ボスが敵対組織に殺され、現ボスの家族(ファミリー)達は一丸となり抹殺を決行した。


現ボスのお披露目も兼ねた葬式が執り行われ、他のファミリーは同盟と共に現在雑談と片付け中の真っ最中である。



「まぁ僕は、貴女になら殺されても構いませんよ。寧ろ、貴女以外には殺されたくありません。」


「ずいぶん、余裕なのね。」



真意は分からなくとも微笑みながら見据える彼、弑(シイ)は現ボスの部下。



ファミリーでさえも凍り付くような殺気を漂わせる彼女、葛霸(クズハ)は前ボスの一人娘。

「余裕なんてありませんよ。ただ、結果は同じであっても過程が違うと言っているだけです。」



直系血族も葛霸は体質により継承権は無いが、裏部隊を指揮する者として矢面に立っている。



「そうね。貴方と現ボスの利害関係が一致している今はいいけれど、貴方達がファミリーへ銃口を向けるのならば、私は必ず。」



先代までは抗争に勝つ為にかなり酷いことをしてきた。


葛霸と前ボス以外のファミリーは知らない、真っ黒い秘密の真実。



「確かに以前僕が試すような真似をした時、貴女はそうしました。ですが、僕の仲間は貴女を止めようとした。それは好意があるからで、僕を守ろうとしたならば敵意があるってことですから。」



古いしがらみに縛られ協力させられた人体実験、その被験体が弑達だった。


仲間と共に茨の道へ潜り込んだはずなのに。



「好きで側に居たいと思った、一緒にいる理由などそれだけ。貴女にどれだけ後悔があろうと、離れないのは僕の意思ですよ。」



マフィアを恨んでいるのは事実でも葛霸か仲間かなど選べないと話せば、幸せを願ってくれた仲間は幾つものボーダーラインを越えた復讐者(アヴェンジャー)であるから。

「ガラスのハートなんてよく言うけれど、ガラスは強いのよ。粉々に割れたって、そこには欠片があるもの。」



欠片を集めて繋げてくっ付けて、断片くらいはなんとかなるけれど。



「私の心はシャボン玉なのよ。壊れたら跡形もなく消えてしまう。その程度のモノ。」



思い出は色褪せて、記憶は塗り潰されて。


原材料‐マテリアル‐が判らなくなるほどに。



「一瞬だって『私』には戻れないわ。」



出逢ったのは必然で、



「あの場所に私は居たのよ。冗談でしょ?」



再会は偶然なのか、



「残念ながら本気ですよ。狂気を笑顔に隠し偽りの言葉を並べ立ててる僕でも、貴女には嘘は付きませんよ。」



ねじ曲げた運命によって、



「この世界では不可思議でしょうが、いけないことでも無いと思うのですがね。愛する人を守ることは。」



手にした宿命は……?



「命を刈り取る者は誰よりも命の価値を知っています。貴女もそうでしょう?」


「ええ、そうよ。だけど、たくさんたくさん失った、もう失いたくないの。だからいくら愛を伝えられても、貴方の気持ちには応えられないわ。」



応えてしまったらきっとまた……

叶わぬ恋をした。



闇に堕ちた弑と闇に染まった葛霸。


愛を知った弑と愛を感じた葛霸。



「そもそも私がいなければ良かったのよ。望まれて生まれてきたことは理解しているけれど。」



体質のせいで狙われる日々を過ごしても、大切な人達に囲まれた生活は楽しいものだ。



「でもね、生きてきたことだけは後悔しているわ。」



そう言って、葛霸は自らに凶器を向ける。



「実験ね、実は再開しているの。でもことごとく失敗していて。被験体の耐性が悪いらしいわ。貴方を寄越せと言ってきているのよ。」



説得するから待ってくれと前ボスと葛霸が稼いだ時間も、もう限界を越えている。



「幼かったとはいえ、辿って行けば今の状況を作りだすよう仕向けてしまったのは私自身なのよね。」



どれだけ名が知られていても、同盟が協力してくれたとしても、マフィアを束ねる上層組織の強さは計り知れない。


弑よりファミリーを優先した結果だ。



「前ボスである父はもう居ない。私が居なくなれば、貴方はファミリーを抜ければいい。現ボスなら根回しぐらいはしてくれるわ。」



そして気兼ねなく、暗躍者の闇を破壊しに行けばいい。

「証明しますよ。過去の憎しみよりも貴女への愛情が勝っていることを、不可視な僕の愛を。これからずっと。」



優しく抱き締められた感覚とは裏腹な強い意志を持って語りかけられる。



「マフィアに隠された過去を、アイツラに盗まれた今を、取り戻します。闇が無ければ光は無いのですから。」



買い被った殺意と見誤った愛情。



愛か、絆か。



その答えは、どちらでもない。



「抜本的に見直さなければならないのは、私の染み付いてしまった狂った常識かしら。」



手から離れた凶器が作り出した鋭い音に、気付いたファミリーがここへ辿り着くまで後少し。



「前ボスでも、言うことはきかなければならないわね。」




全てを打ち明けてしまったのは『好きに生きなさい。』という、奥底に秘めた気持ちを理解しての遺言を託されたから。



「愛していますよ、葛霸さん。」



未来を重ね行く道はオフロード、しかし限りあっても逝くことは無い。



「愛しているわ、弑。」



檄を飛ばして教授を願えば、手筈通りに抗いましょう。



穢れを崇高と嘯く歴史とやらに。


食えない奴等が、いつか安らかな眠りにつく前に。