ダンジョンの攻略を行うための準備を開始した。

「マスター」

 ダーリオが俺に声をかけてくる。

「どうした?今日の訓練か?」

「はい。本当に、マスターも参加されるのですか?」

「そのつもりだけど?」

「その・・・。必要なのですか?」

「ん?」

「今日は、ダンジョンに潜るための訓練ですよ?」

「わかっている」

「マスターは単独で、20階層まで行けますよね?」

「あぁそういうことか?俺の攻略は、力で押し通しているだけだ。20階層くらいまでなら通用するだろうけど、その先はわからない。そもそも、ダンジョンの中での戦闘に慣れていない」

「はぁ・・・。マスターが、戦闘に慣れていないと言われても・・・」

「お前たちとの模擬戦でも感じたが、草原とか広い場所で、なんでもありなら、使える手が沢山あるが、制限された状態だと、経験の差が大きすぎる。少しでも、経験を積み上げたい」

「わかりました」

 ダーリオが行っている訓練は、3つのレベルに分かれている。
 1つ目は、戦闘訓練。
 これは、まだダンジョンに入る許可が出ていない者たちや、護身術を身につけたい者たちが受けている。意外と、人気でホームに所属していない者からも参加してきている。無料で行おうかと思ったが、セバスやダーリオから反対された。銅貨5枚で受けられるようにした。

 2つ目は、ダンジョンの基礎。
 俺が、受けようと思っている訓練だ。ダンジョン内での過ごし方や、安全地帯の見分け方。狭い場所での戦闘訓練なんかが組み込まれている。ダンジョンの中での戦闘訓練は、経験が少ない俺にはちょうどいい。安全地帯はなんとなく解るから問題はない。冒険者たちが居なければ、どこでも休む場所を作ることができる。下層ではわからないが、上層では問題にはならないだろう。下層に入ったときに、ミスが命取りになりかねない。そのために、基礎を学んでおきたいのだ。

 3つ目は、対人訓練。
 対個人。対集団。集団対集団。これらの戦闘訓練を行う。俺も、何度か参加している。特に、対個人と対集団は不足を補うのにちょうど良い。縛りを入れたり、魔法のみで戦ったり、訓練を行っている。

 他にもホームの訓練にも参加して、ダンジョンでの戦い方を学んだ。

 ダンジョンの中で過ごす為に必要になりそうな魔法の開発を行っている。

 この開発が楽しい。
 ディアス家となった、アンチェやヤンチェやハンフダやハンネスたちから魔法を教えてもらったり、スキルの発動を教えてもらったり、現場で使われている魔法を数多く見せてもらった。それらを元にして、魔法を構築(プログラミング)していく。実験は、ダンジョンの低階層でできるのが嬉しい。

 開発した魔法の中から、いくつかは魔道具として売り出すことに決まった。

 喜ばれたのが、”付与台”と名付けた魔道具だ。
 簡単に言えば、インストールを行うスクリプトだ。それほど難しくはなかったが、どうしても妥協しなければならない部分が出てきてしまった。
 何が悪いのかわからないが、俺が作る魔道具の下位互換になってしまう。付与する場合に、品質の良い魔核が必要になってしまう。そして、付与するときに、魔法を唱えなければならない為に、攻撃系の魔道具の作成が出来ない。

 それでも、索敵の魔法や灯り(トーチ)の魔法などの魔道具になっていくので、売るにはちょうど良いようだ。
 魔力が少なく、ダンジョン内では数回の魔法しか唱えられなかった者たちが喜んで協力してくれている。

 準備は、進んでいるのだが、大きな問題が残っていた。
 ユリウスとクリスの説得だ。別に、説得をしないで、勝手にダンジョンに入ってしまえばいいのだが、その場合には、ユリウスやクリスだけではなく、もしかしたらエヴァまで出てきて、捜索隊を組織する可能性がある。

「セバス」

「はい」

「俺が、代官に相談があると伝えてくれ」

「代官でよろしいのですか?」

「あぁ代官に話をする」

 ユリウスは代官ではない。代官は、ライムバッハ家から委任されて、ウーレンフートに赴任してくる。

「かしこまりました」

 セバスが、部屋から出ていく。

 1時間ほどしてから、セバスが戻ってきた。

「遅かったな」

「はい。代官ではなく、領都から来ている責任者がお話を聞くことになりました」

「わかった。いつだ?」

「3日後に予定を入れました」

「そうか・・・。わかった」

 先に、密偵の処分を決めろということだな。
 クリスの入れ知恵だろう。ユリウスだけなら、すぐにでも来いとか言いそうだからな。

「セバス。二日後の、話は聞いているか?」

「はい。聞いております」

「内容も把握しているよな?」

「はい」

「セバス以外にも話は通っているよな?」

「はい。私とサルラで情報を統制しております」

「それなら、表の統率をセバスに、裏のしごとをサルラに頼む」

「かしこまりました。当日は、旦那様は前面に出ないで下さい」

「え?行かなくていいの?」

 素で聞いてしまった。俺が行かなければ話にならないと思っていたのだ。

「はい。裏の仕事を行っている者も居ます。旦那様が出てくるのは好ましく有りません」

「そうなのか・・・。わかった、報告を待っている」

「はい」

 結局、諜報員は丸投げになってしまった。
 作法がわからない俺が対応するよりはいいだろう思っていたが、丸投げでいいのだろうか?

 時間がかかったのは、セバスがクリスに相談していた可能性があるな。

 俺の事情にホームを巻き込む形になってしまうのだが、いいのだろうか?
 もう手遅れだろうけど、今更ながら考えてしまった。

 セバスが出ていったのと入れ替わりに、ダーリオが入ってきた。

「マスター」

「どうした?」

 何か、思いつめた表情をしている。

「マスター。俺たちは、信用に値しませんか?」

「ん?どうした?」

「ハンフダたちも来ると言っていましたが、私が代表してきました」

「あぁ?」

 普段のダーリオらしくない。
 もう少しはっきりと歯切れがよく話をするのに、今日は奥歯に物が挟まったような喋り方をする。

「マスターは、ダンジョンに一人でアタックするつもりなのですか?」

「あぁ・・・。まだ迷っている」

「何に迷っているのですか?確かに、私たちは、マスターに敵対しました。しかし、今は、マスターに忠誠を・・・」

「あぁダーリオ。それは、わかっている。俺のわがままだ。俺の都合に、ダーリオだけじゃなくて、ホームのメンバーを巻き込みたくない」

「マスター!俺たちは・・・」

「ダーリオ?」

 なぜ、泣き出すのかわからない。

「マスター。俺たちを、巻き込んで下さい。俺たちは、マスターに救われました。皆、同じ気持ちです」

「ダーリオ。その気持は嬉しい。だが、俺が向かう先には何も無いぞ?名誉も、ワトも、それこそ、命さえも無いかもしれない」

「わかっています。マスターに救われた心があります。心さえ、あれば俺たちは大丈夫です」

「ダーリオ。それに、セバスたちには、ホームを守って欲しいと思っている」

「それは・・・」

 手を、上げてダーリオを制する。

「ダーリオ。ホームを頼みたい。俺が帰ってくる場所を守って欲しい」

「マスター!」

「ダーリオ。誰でもいいわけではない。ダーリオなら任せられる。元々、俺は、ダンジョンで鍛えたら、王国内を回ろうと思っていた」

「・・・」

「2年後には、戻ってくる。それまでに、ホームを頼む」

「マスター。一つ、教えて下さい」

「なんだ?」

「マスターが、そこまで力を求めるのには理由があるのですよね?」

「ある」

「それは?」

「殺したい奴が居る。俺から、俺以外を奪っていった奴が居る」

「それは」

「俺の父と母と妹と大切な従者を殺した奴を殺して、組織を潰す」

 ダーリオが、顎に手をやって、考える。何かを思い出しているようだ。

「あ!マスター・・・」

 思い出したようだ。
 王国中で話題になった話だ。それも、このウーレンフートは、ライムバッハ家のお膝元だ。知らないわけが無い。

「わかりました。マスター。俺たちは、ホームを守ります。マスターが帰ってくる場所を守ると誓います」

「ありがとう」

 ダーリオに感謝を伝える。
 本当なら、もっと言いたいことがあるだろう。だが、それを飲み込んでくれたのだ。