「あの日、武山先輩、予備校に行ってたんだって。んでその帰りに、武山先輩が人と口論してたらしいぞ」
「口論? ケンカってこと? 誰と?」
「さあ相手は詳しく知らないけど、武山先輩から殴りかかって行ったらしい。
んで、その後、慌てて逃げたんだって。
まずいと思ったんだろうな。
で、たぶんその後に車にひかれたんじゃないかっていう話。なんか、やりきれねーよなー」
「それ本当だったら、ただ運が悪かっただけだよな」

クラスメイトの女の子も会話に加わりはじめ、「えー。嘘だ。武山先輩がそんなことするわけないよ、穏やかで優しい感じだったじゃん」

「いや。わかんねーよ。ケンカ吹っ掛けられたら、手を出すこともあるだろ」
「えー。武山先輩は別だと思う」
「あたしも。殴ったりするような人じゃないと思う」
「お前ら、顔で決めてるだろ」
「まあ少しはそれもあるかな」

茶化すように言うと、周りから笑いが零れた。

「つうか有村先輩、超かわいそうじゃない?」
「だよねー。あたしだったら、立ち直れないよ」
「だよねー。死んじゃう」
「お前ら、好き勝手言いやがって。図太いからお前はぜってー死なねーな」
「は?つうか、そういうあんたはさ、有村先輩フリーになって喜んでるんじゃないの? 知ってるよ。いつも可愛い可愛い騒いでるの」
「バッカ……それは、別の話だろ」

なんの悪気もない、思っていることをただみんなで話しているだけ。

それなのに、苛立たせる。なにも知らないくせに――。持っていた教科書を思い切り机に叩きつけた。

シンと教室が静まり返り、ノートを持って駆け寄ってきた月子も歩みを止めた。

「……なんだよ。びっくりさせんな」

一拍待って、男の子が同じ調子で言うから、周りにいた子の顔も少し緩んだ。

「ごめん、手が滑った」

そう言って、席を立った。