「何か用事があった?右京なら今出かけてるみたいで、いないわよ」
「あっ、いえ、じゃあ、また来ます」
「そう。ごめんなさいね」
おばさんは門に手を置くと振り返り「あ、美優ちゃん、右京のこと、これからもよろしくね」と笑った。
その顔が痛々しく見えて、はいと頷いた。
数日後、改めて漫画を返しに行くと、タケちゃんが落ち込んでいた。
「小豆が帰ってこないんだ」
そう言いながら新しいブレザーをかける。ネクタイを緩めると、ベッドに腰掛けた。
あれはおばさんの勝手な行為だったんだ。
そっか。いつも気丈に振る舞っていたけど、きっと、お母さんが家を出ていっただけでも辛かったんだろう。それなのに、小豆も同時に出ていってしまうなんて――。
わたし、引き留めればよかった。
黙っているのが心苦しくて、わたしはすぐに謝った。
「タケちゃん、ごめん。わたし、見ちゃったの」
「ん?」
「タケちゃんのお母さんが小豆を連れていくところ。声をかけたんだけど、老猫だから最期を看取るのは男の人たちじゃ大変だから、引き取っていくって言ってて、わたし、何も知らなかったから……引き留めなかったの」
タケちゃんは目を見開くと、怒りに満ちた顔に変わる。
「本当に?」
「……うん」
「なんで止めてくれなかったんだよ」と、悔しそうな表情をした。
「ごめんね。知らなかったから。お母さんに訊いてみたら?話せばきっと戻ってくるはずだよ」
「連絡先とか知らない。もう関わり持たないことにしてるから」
「えっ?」
「死ねばいいのに」
本当に死を願っているような呟きに、背中が粟立った。
それから、憎しみを込めるように壁に拳を叩きつけた。彼の拳のほうが痛そうで、わたしは顔をしかめた。脈がどんどん早まるのがわかる。