「俺、母親は前も言ったけど幼い頃に離婚していないんだ。だから、母親の記憶は何もない。
だけど、物心ついたときに、ママって呼んでって言う人が現れて、一時期、その人が本当の母親だと思って過ごしていたときがあったんだ。
純粋に嬉しかったよ、母親が欲しかったから。
実際は、父親の恋人だったんだけどね。
その人は、たまにご飯を作ってくれたり、遊んでくれたりしてくれて、俺も懐いてた。
まあ気づいたかもしれないけど、その人っていうのが、武山先輩の母親だったんだよ」
「……えっ?」
「今思えば、不倫だったんだろうね。
まあ原因は知らないけど、俺が小学生になってから、家に来なくなったから、別れたみたいだけど」
「えっ、待って、どうしてその人がタケちゃんのお母さんってわかったの?」
にわかに信じられなくて訊くと、
「俺が小二のとき、習字のコンクールで入選して、駅前のデパートに飾られたことがあったんだ」
「……」
「それをその人にも見てもらいたくて、一緒に行ってって、お願いしたんだけど結局行けなかった。
それで、ばあちゃんと見に行ったんだけど、そのとき、見ちゃったんだ。
俺と同い年くらいの男の子と一緒にいるその人を。
作品を眺めながら、俺を見る目とは違う眼差しで男の子を見ているのがわかったんだ。
なんか一瞬で理解できた。あの人には本当の家族がいるんだって。
いつか俺の本当の母親になるようなこと言ってたけど、そんなの嘘だって。
子供ながらに激しい嫌悪を覚えたよ。
それで、二人が帰ってから、武山先輩の作品を見てみたんだ。
書よりも、そこに書いてあった小学校と名前と学年がすっかり頭に染み着いて、ずっと離れなかった」