ドキッとする。

「先輩の下の名前って、美優(ミユウ)ですよね？」

確認するように訊くけど、首を縦にも横にも振れなかった。

「武山先輩、呼んでたじゃないですか？ 佐山先輩に向かって」

聞きたくないことを言われる気がして、「言わないで」と止めた。

「それ以上、なにも言わないで」

綺麗な男の子なのにと思った。似つかわしくない。人を脅すみたいなことを言うなんて。ふつふつと怒りが込み上げてきた。

わたしが睨むと、彼はまるで勝利を勝ち取ったみたいに誇らしげな顔に変わった。じゃあと笑う。

「先輩、恋人ごっこしませんか？」
「恋人ごっこ？」
「先輩だったら、俺の彼女の振りをしても問題ないでしょ？」
口を結ぶと、柊碧人は何かを察したように「あ、２人がしていたこと、有村(アリムラ)先輩には言いませんから」と、付け足すように言った。

彼はどこまで、わたしたちのことを知っているんだろう。

「有村先輩って、人気あるみたいですよね」
「うん」
「武山先輩の彼女でしたっけ」
「そうだね」
「じゃあ契約は、成立で」と、手を差し伸べた。

わたしは、手を伸ばすこともせず「柊くん」と呼んだ。彼の手は空を切って、たらりと落ちた。

「はい」
「ひとつ、約束して？」
「出来ることなら」
「タケちゃんには、近づかないで」
「タケちゃん？ ああ。武山先輩のことか」
「彼女のふりしてあげるから。タケちゃんにはなにも言わないで。お願い」
「わかりました。じゃあ今日から、俺の言うこと聞いてくださいね」と、言った彼の笑みは、やっぱり綺麗だった。

わたしは、タケちゃんのことを思うと、頷くしか選べなかった。