「笑わないでよ。どうせ下手だよ」
「得意料理は、目玉焼きだっけ?」
「ゆで卵と、卵焼きも作れるよ」
「オムライスは?」
「あんまり」

フハハと笑われた。

「いいよ。別に作ろうと思ってないし」
「そうか。残念。確か、美優のゆで卵と卵焼きは美味かった気がする」
「でしょ? 卵焼きは、得意」

だって、と言いそうになって、やめた。
タケちゃんは、そんなわたしに気づかない。
だって、タケちゃんのお母さんに卵焼きの作り方、教えて貰ったことあるしね。
本当は、そう言おうと思った。
だけど、タケちゃんは、お父さんの話もお母さんの話もなにもしない。
だから、触れていいのか、わからなかった。
なにか言ってくれたら、タケちゃんの好きなこと嫌なことわかるのに、言わないからわからないんだ。
いつも、誰を見て、誰のことを考えて生きてるんだろう。
有村先輩には、わたしに言えない思いを、言ったりしているのだろうか。
有村先輩は、タケちゃんの苦しみとか、知っているのだろうか。

タケちゃんの携帯が鳴った。
「電話」と言って、わたしの顔を見た。みずほと、有村先輩の名前を呟くから、口を閉ざした。

「はい」とタケちゃんが電話に出る。テレビを見てるのに、まったく頭に入らない。
日曜日なら大丈夫だとか、県立図書館で待ち合わせ、時間は13時とか。
そんなキーワードばかり拾ってしまう自分がいる。

みずほは長電話。いつかタケちゃんが言っていたことを思い出した。
ここにいるのも悪い気がして、帰ることに決めた。
タケちゃんの顔を見ると、目があったから、ドアを指差して、「帰るね」と口パクで合図した。

立ち上がろうとした瞬間、わたしの肩を抱き寄せソファーに座らせた。
そして頭を撫でる。手ぐしでいい子いい子するように。タケちゃんと声になりそうになって堪えた。

「うん。わかった。ごめん、もう切っていい?」

電話を切ると、タケちゃんは、わたしに優しくキスをした。ふっと笑って、わたしの手に手を重ねて、それが本当に優しくて、ちょっと涙ぐみそうになって堪えた。