下を見ると、タケちゃんが階段を上るところだった。
昨日の頬の痛みを思い出す。だけど驚いた顔をしてはいけない。
学校じゃ、顔をあわせても、挨拶とかしないのだから。
それは、わたしが勝手に有村先輩のことを気にして、話しかけなくなっただけなのだけど。
タケちゃんもそれを察したのか、もともとすれ違うこと自体少なかったけど、学校では、話しかけることはなくなった。

「右京」と、女の子の声がした。

彼女は階段を駆け上ると、タケちゃんの腕を両腕で掴まえる。そのまま器用に自分の腕をからませて、くっついて階段を上っていった。タケちゃんも有村先輩も、わたしを気にせずに横切っていく。

通り過ぎると、「右京のね」と、はしゃいだ声が耳についた。

タケちゃんの嫌いな呼び方で、有村先輩はタケちゃんを呼ぶ。
きっとだけど、有村先輩は、そう呼ぶことで自分が特別な人だと思っているに違いない。
実際は、きっとタケちゃんは喜んでいないと思う。そう感じて、小さな優越感に浸る。だけど、すぐに空しくなる。

喜びは、あくまでも自分の喜びであって、他人までもが同じことは感じられない。
憎しみだって、慈しみだって、自分の中の感情しか人は感じられないんだ。そう思うとときどき悲しくなる。
だってタケちゃんが、そう呼ばれるのが嫌いだと知っているからそう思うだけで、本当はわからないんだ。
もしかしたら、有村先輩にはそう呼ばれて喜んでいるのかもしれない。