「食べないで待っててくれてたんですか」

意外に可愛いところあるんですね、と言いながら柊碧人は目の前の席に座った。

「今、開けたばかりなだけ」

いただきますと、小声で言って、先に手をつけた。

「先輩」
「なに」
「美優さんって呼んでもいい?」
「呼べば」
「先輩は、なんて呼んでくれるの?」
「柊碧人くん」
「なんでフルネーム?」
「なんとなく」
「フルネームは、嫌だな」
「碧人くん」
「碧人でいいや」
「碧人?」
「うん」
「わかった」
「今日さ」と柊碧人は言う。

「うん」
「傘、忘れた」

家を出た頃は、雨が降りそうもないほどの快晴だったけど、二時間目の休み時間から曇り始めて、三時間目の授業の終わりには、土砂降りだった。それが今も、続いている。

「美優さん、持ってる? 傘?」
「あるけど。ひとつしかないよ」

まさか、それを寄こせって言いたいのかな。わたしは濡れて帰ればいいんだよとか、突拍子のないようなことを平気で言ってきそうだ。

「じゃあ、いれて」
「え?」
「一緒、帰ろう」
「一緒に?」
「お互いの家、そんなに遠くないでしょ」
「碧人の家、知らないし」
「美優さんと同じバスに乗りあわせたことあるから、たぶん方角的には一緒だと思うよ」