晴海と夕花は、小屋から出て、改造されたトレーラーから外に出た。周りに誰もいない状況なのは、礼登から報告が上がっている。
「うーん!」
疲れてはいないが、小屋の中でさっきまで寝ていた晴海は身体を伸ばした。筋が伸びるのが気持ちよくて、声が出てしまった。
夕花は、そんな晴海を見て嬉しそうにしている。
「夕花?」
「はい」
「何か食べよう」
晴海が差し出した手を夕花が握った。
指を絡めるようにして握った状態で、パーキングエリアにあるフードコートの中に入っていく。
「パーキングエリアとか、サービスエリアとか、もう1世紀半近く存在していて、車や生活様式も変わったのに、変わらないよね」
「そうですね。私も、資料映像で見たことがありますが、場所や店舗は変わっていますが、普段なら食べないような物でも美味しそうに見えてしまうのは変わりませんね」
「そうだね。レバニラ定食なんて普段なら選ばないけど、食べてみたくなるよね。それに、不思議なのは、ソフトクリームだね」
「はい。あとは、フランクフルトとか、アメリカンドッグとか、パーキングエリアやサービスエリア以外では見ないですからね」
「うんうん。あんまり食べると、他で食べられなくなるから、何か一つを頼んで二人で食べよう」
「はい」
返事をしてから、夕花は、二人で食べるという意味に気がついて、頬を染めた。
晴海も、夕花が何を考えたのか解ったが、あえて指摘しなかった。夕花が、二人だけになると大胆な行動をとるのを知っている。周りに目があるときには、なぜか恥ずかしがる頻度が上がる。だからではないが、晴海は夕花に意地悪をしたくなってしまう。
想像で恥ずかしくなってしまった夕花の肩に手を回した
「夕花?何が食べたい?僕は、夕花が(食べたい物が)食べたいよ」
一部わざと声を抑えて聞きにくい状態で喋った。
「え?私?ここで・・・。ですか?」
慌てだす、夕花だが、それを面白そうに見ている晴海。
「夕花。違うよ。何を勘違いしたのかわからないけど、僕は”夕花が食べたい物が食べたい”と言ったのだよ。夕花。二人で選ぼうか?」
「もう・・・。晴海さん・・・」
晴海は、夕花の頭を撫でてから、手を握り直して、定食が売っている店に並んだ。高級な物も食べるが、”郷に入れば郷に従え”の気持ちをしっかりと持っている。ただどんな食べ物なのかわからない物も多かったので、夕花が名前を出した『モツ煮込み定食』を頼んだ。
夕花の名誉のために言っておくが、夕花は名前を出したが、夕花が普段から食べているわけではない。母親が好きだったのが、”モツ煮込み”だ。晴海に母親が好きだったと言った言葉を聞かれて、それじゃ”モツ煮込み”にしようと言われてうなずいたのだ。夕花が酒飲みで”モツ煮込み”が好きな女の子というわけではない。
二人で並んで、一つの”モツ煮込み”を食べていると、周りの独身から殺してやると思える視線が降り注ぐが、晴海は昔からもっと憎悪と欲望に満ちた視線を浴びていたので気にならない。夕花は視線を気にしたが、横に居る晴海を見てしょうがないと思ったのだ。
柔らかく煮込んだモツ煮込みとご飯を平らげた二人は、食器を所定の位置に返してから立ち上がった。
遠くから二人を見ていた、礼登も二人に合わせて立ち上がった。晴海は気がついていたが、能見が手配したと思われる護衛も同じ様に行動する。
それから、二人でソフトクリームを食べてベンチで休んだ。
夕花がトイレに行きたい言ったので、晴海はベンチで待っていると告げた。
「急がなくていいからね」
「はい!」
夕花が、小走りでトイレに向かうのを晴海は見送った。
晴海と夕花が座ったベンチの後ろに、男女のカップルが腕を組みながら座った。
「お館様」
「能見の指示か?」
「はい。代表から、ご報告があります」
「情報端末には送られないのか?」
「はい。直接渡すようにいいつかっております」
「わかった。ありがとう」
カップルは、後ろのベンチから立ち上がって、晴海の前を歩いた。
晴海の前で、手に持っていた雑誌を落とした。
「落としましたよ」
晴海は雑誌を拾い上げて、カップルに渡す。男が立ち止まって、後ろを振り向いた。
「ありがとうございます」
晴海から雑誌を受け取るときに、晴海に小さくした紙を渡した。
「いえ」
カップルは、そのまま晴海の前から歩いてフードコートがある方向に進んだ。
それから5分くらいしてから夕花が戻ってきた。
「おかえり」
「はい。すみません。混んでいて・・・」
「いいよ。また、疲れたら夕花の膝枕で眠らせてもらうよ」
「はい!」
夕花は、晴海の腕に絡みついた。前を歩いているカップルを見て羨ましいと思ったのだ。
トレーラーの近くまで来たら、晴海の情報端末にコールがあった。礼登からだ。
『晴海様。お待ち下さい』
「どうした?」
『監視らしき者たちが居ます。素性を確認していますので、通り過ぎてください』
「わかった」
晴海は、腕を組んだままトレーラーの前を通り過ぎた。
「??」
「誰かに見られている。僕たちを監視しているのか?それとも、獲物を物色している連中なのか、礼登たちが調べている」
「あっ・・・。わかりました」
夕花は少しだけ周りを気にしてぎこちなくなってしまったが、トレーラーを通り過ぎて、駐車場の奥まで歩いた。奥には、散歩できるようになっている場所があるし、休憩出来るようにベンチが置いてある。カップルがひと目を避けて休むには丁度いい場所だ。
「ふふふ」
「晴海さん。どうされましたか?」
「ん?このベンチの場所って、”そういう目的で作られたのかな”と思っただけだよ?」
「そういう目的?」
本気で解らなそうな夕花を、晴海は横に座らせてから抱きしめて、ベンチに押し倒す形になった。
「こういうことですよ。僕の可愛い奥さん」
頭の後ろに回された手のおかげで、頭は打たなかったが、晴海の顔がすぐ近くにある。押し倒された事実よりも、目の前に晴海の顔がある状態で、心臓が早く鳴り響いてしまっている。音が晴海に聞こえてしまっているのではないかと恥ずかしく思っている。
しかし、押し倒した晴海も想定外だったのだ。夕花がもう少しは抵抗するとおもっていた。しかし、夕花は一切抵抗しなかった為に、本当に押し倒した形になってしまった。慌てて頭だけはガードしなくては思って手を頭の後ろに回した。夕花の大きく開いた目や驚いた口の状態が晴海の目の前にある。晴海も、自分でやっておきながら、心臓が高なっているのを感じている。
二人が自分の心臓の音を気にしている状況を遠くから眺めている一団が居た。
「お館様がやっとその気に?」
「どうでしょう。お館様は、奥手ですからね」
「でも、籍まで入れられているのですよね?」
「それは、文月の家や襲撃者を誤魔化すためですよね?」
「でも、でもそれだけじゃないですよね?お館様の雰囲気が今までの女性と明らかに違いますよ?そして・・・。夕花奥様の事が好きなら、さっさとしてくれればいいのに・・・」
「お前達!」
一人の男性が、晴海と夕花を見守っている女性陣を黙らせよと注意する。しかし止まらない。
「だって、礼登さんもそう思いますよね?」
「俺は・・・」
「思いますよね?お館様と夕花奥様のお子を抱いて教育したくないですか?絶対に可愛くて賢い子に育ちますよ!」
好き勝手言っているが、皆が晴海を慕っている。晴海が選んだ夕花だから認めているのだ。夕花が晴海を裏切らない限りは全力で守ると誓っている。
能見が選んで、晴海と夕花に付けた者たちは、六条家に忠誠を誓っているわけではない。幼い時から、晴海の成長を見て、晴海に忠誠を誓っている者たちだ。礼登もその一人だ。だから、文月が裏切りの首謀者と晴海が聞いたときに憎悪の炎が燃え上がってしまった。
「それで?覗き魔は?」
「この地方をまとめているグループの”したっぱ”の”したっぱ”の”したっぱ”くらいの奴らです。どうしますか?」
礼登が、晴海の護衛の中では、地位が高いリーダーになっている。
「後続は来ていますか?」
「はい。私たちとは違うグループですが来ています」
晴海に忠誠を誓っているグループではなく、六条家に従っている者たちのグループが後から来るのだ。今は、晴海が当主なので、晴海に従っているが、当主が変われば変わった当主に従う連中だ。
「それなら、彼らに渡して、内部から情報が漏れていないか確認する手駒にしよう」
「わかりました。与える情報は?」
「必要ないでしょう。どっかの金持ちに絡んでしまったと思わせれば十分です」
「かしこまりました」
礼登の周りから気配が消えた。
「彼女らの言っていることも解るのですけどね。お館様も、夕花様に決めたのなら、自分の物にしてしまえばいいのに、夕花様は”いつでもどうぞ”の雰囲気を出しているのに・・・。まぁだから、俺とか能見様とかは、晴海様にひかれるのだけどね。そうか・・・。お館様が早く、夕花様に種付けしてくれれば、お館様のお子を俺が・・・。それは素晴らしい光景だな。できれば、お館様に似ていらっしゃる男の子なら最高だな。小さい時からお風呂を・・・。だめだ。仕事に戻ろう」