母と結婚してください。

 最後の最後に、リコは僕の前に一枚の紙を差し出した。白地に臙脂色の枠。左上には婚姻届の文字。既に「妻になる人」の欄には文字が書かれている。氏名の欄に書かれた飯山詩織の文字の筆跡を見間違えるはずもない。詩織自身のものだ。

「これは……」

「ずっと用意していたそうです。死ぬ最後の最後まで、この婚姻届を肌身離さず持っていて、夫になる欄に、あなたに記入して欲しかったって言い続けていたと聞きました」

 行方をくらましてしまっている。話せない事情もある。そんなことは絶対に叶うはずがないのに、それでも最後の最後まで片方だけ書いた婚姻届を詩織は捨てることができなかった。