──それから小一時間ほどして。

「う~~~、お腹が空いたよぅ─…」

独りで密かに嘆いていると、不意に部屋のインターホンが鳴った。慌てて返事をすれば、モニター越しに氷見秋彦の声が聞こえてくる。

『薙さま。お夕食にございます』

「はい!」

…あ、いけない。
喜びのあまり、声が大きくなってしまう。
落ち着いた素振りを装って部屋を出れば、氷見がにこやかに笑い掛けてきた。

「大変御待たせ致しました。こちらへ。」

静かに促されて…。
ボクは、しずしずと彼の後に続く。だがその実。漸く食事にありつける嬉しさに、すっかり浮き足立っていた。

「薙さま。」
「は、はい?」

「本日のお夕食には、お客様が同席なさいます。」

「え──!?」

 早く言ってよ、そういう事は!

心の中で悪態を吐くと、氷見はそれを察したかの様に、申し訳なさそうな苦笑を返す。

「もっと早くにお伝えすべきでしたね。申し訳ございません。なにぶん、急な御越しでいらっしゃいましたので…すっかり支度が遅れてしまいました。」

「あ、それで……」

こんなに遅かったんだ──と口走りそうになり、ボクは慌てて咳払いをした。

「お…お客様って、誰?」

「四天のお一人、鏑木沙耶(カブラキサヤ)さまと、御長男の遥(ハルカ)さまにございます。」

 ──四天!?

その一語に、ボクの足がピタリと止まる。
四天と云えば…三日後にボクを審議するという、あの?

「…薙さま?如何なさいました?」

 訝かし気に振り向いた氷見の視線が、真っ直ぐにボクに注がれる。何か言わなくてはと思うのに、体が震えて、巧い答えが返せない。

「ご心配なのですね。あのお二方なら、大丈夫で御座いますよ。沙耶さまは気さくなお人柄ですし、遥さまも爛漫な方にございますから。」

「…うん…」

 氷見は、ボクが緊張しているとでも思ったみたいだ。本当は、とてつもない嫌悪感に吐き気すら覚えているのだが…流石に、そうとは言えない。

見も知らぬ相手に、憎悪にも近い感情を持ってしまったなんて──口が割けても言えなかった。