薄暗い廊下に一人残されたボクは、用も無いのにトイレを覗いてみた。

 中は意外にも、近代的な設備が整っている。最新型の洋式システム・トイレに、豪華なパウダールームまで完備されていた。建物の外観からは、凡そ想像も着かない。

 あまりのギャップに面食らったボクは、結局何もしないままクルリと踵を返すと、後ろ手に扉を閉めた。

──何だろう、この敗北感は?
理由の解らない虚しさに、ガクリと肩を落とす。

負けた…。
この屋敷の何かしらに、ボクは負けたのだ。

 打ちひしがれ、とぼとぼと部屋に戻れば、既に氷見がボクの荷物を届けてくれていた。草臥れたリュックを見た途端、どっと疲れてその場にヘタリ込む。

文字通り、戦意喪失の体たらくだ。
まぁ…そう簡単に逃げ出せるとも、思っていなかったけれども。

 それにしても、お腹が空いた…。
夕食は何時からなのだろう?
ちゃんと訊いておけば良かったと後悔する。

 空きっ腹を抱えたまま、ボクは小さく踞った。

衝撃的な打明け話を聞かされながらの昼食は、全く喉を通らなかった。豪勢な懐石料理を前にしても、食欲が湧かない。

そもそも食事中に持ち出すには、重過ぎる内容だったのだ。お陰で、お腹はペコペコ。喉はカラカラ。もう、逃亡する気にもなれない。

 押さえ付けた胃袋がキュウと不平を訴えた──その時。不意に鼻腔の奥を、甘い香りが擽った。

窓の外を覗けば、厨房と思われる辺りから、何やら美味しそうな香りが漂って来る。

 あぁ、今夜は洋食かな?
バターを焦がす芳ばしい香りに、またしても腹の虫が鳴る。目を見張る様な素晴らしい料理が、食卓いっぱいに並ぶ様子を想像した途端、ボクの思考は全停止した。

今は只、この空白の時間が辛い。