立ち往生していると、背後から声を掛けられた。

「薙さま、そこで何を?」

 ボクは、ドキリと肩を竦める。
怪訝な面持ちで近付いて来たのは、若いが落ち着いた雰囲気の男性だった。

賢そうな切れ長の眼が印象的だ。藍染めの作務衣に痩身を包み、片手に古風な手持ちの燭台を掲げて、ボクを見ている。

「どちらへ、おいでに?」
「…あの…ちょっとトイレに。」

「ご不浄でしたら、西の対の一番奥にございますが?」

「あ、そ、そうでしたそうでした!すみません、まだ慣れていなくて…」

 あははと笑って見せたけれど、男性は不審な顔で僅かに首を傾げる。

「…お荷物、お持ちしましょう。」
「え──?」

「ご不浄に行かれるのでしたら、そのお荷物は邪魔になりますでしょう?」

「はい…そうですよ、ね。」

 尤もな事を言われて、何も言い返せなくなる。ボクは渋々の体で、彼に荷物を手渡した。

「御案内致します。」

 そう言って、男性は優雅に踵を返す。
ボクは、彼に附いて行く事しか出来なかった…