百合子は、静かに瑠威に歩み寄ると、優しく腕を伸ばして抱き締めた。

「ごめんね、瑠威…。もっと早くこうしてあげれば良かった…。」

 これまでの隙間を埋めるかの様に、百合子は瑠威をギュッと腕に閉じ込めた。母の温もりを感じたのか、瑠威の頬に涙が一筋流れる。

温かな抱擁を受けて、初めて彼は自我を取り戻したのだ。

 …胸が痛い。

瑠威が長い間ずっと求め続けていたのは、こんな些細な幸せだったのかと思うと──。

『継母』とは云え、百合子は、瑠威にとってかけがえの無い『母親』だったのだ。なのに彼女は、亡き姉に対する負い目故に、何一つ母親らしい事をしなかったと言う。

 だから右京は、『男手ひとつ』で瑠威逹を育てた。これを『育児放棄』と言ってしまえば、それまでだ。

けれど──ボクはどうしても、百合子を責める気にはなれなかった。

彼女は彼女なりに、強く自分を責めている。
これ以上、彼女を咎める事など出来ない。

何より瑠威も瑠佳も、そんな百合子を『母親』として慕っているのだ。

 他人には理解出来ない家族の複雑な絆が、そこにはある。

「やれ、何とか和解出来たようやな。」

 …突然。
ボクの隣で、聞き覚えのある声がした。

「宗吉じいちゃん??」

「あぁ、首座さま。こない辺鄙な処まで、ようお越し下さいましたな。その上、わざわざ手合いまでして、瑠威を柵(シガラミ)から解放して下さるとは…。うちの新当主は、ホンマえぇ首座さんに附かはった。孫の為とは云え…流石の儂も、ようしまへん。」

 宗吉翁は、そう言って豪快に笑った。