「いいえ。首座さまは間違ってなどおられません。」

 突然、背後で声がした。

驚いて振り向くと、其処には、渋い草木染めの和服に身を包んだ妙齢の女性が立っている。

「貴女は?」

「神崎百合子と申します。瑠威逹の叔母にあたりますが…今は母親でもあります。」

「瑠威達の…お母さま?」

「私は、姉亡き後、右京の元に嫁ぎました。この度は、瑠威の我が儘で大変な騒ぎを起こしてしまいまして…」

 深々と頭を下げた百合子は、憔悴し切っていた。結い上げた髪が僅かに解れて、白い頬に掛かっている。

黒目がちの大きな瞳は、やはり瑠威と瑠佳のそれに酷似していた。

「瑠威が、あれ程までに荒んでしまったのは、全て私の責任です。」

 悲しみに顔を曇らせて、百合子は告白する。

「私は、あの子と上手くいかなかった。継母であるという負い目も勿論ありましたが…あんな酷い目に遇って、深く傷付いた瑠威を、親として、どう扱って良いか解らなかったのです。」

 そうして、彼女は少し俯く。

「勿論、母親としての責任も感じました。私が付いていながら…みすみす瑠威を辛い目に逢わせてしまった。そもそも研究協力などしなければ、あんな事にはならなかったのです。」

「だけど──脅迫されていたんでしょう?六星一座の立場を逆手に取った政治家が、ごり押し同然で研究に協力させたと聞いています。」

「…はい。夫は一座を守る為、無理な条件を飲みました。ですが、それは間違いでした。私達は何があっても、あの子達を守るべきだった…道を外したのは私達の方です。」

 瑠威を思い遣るあまり、接し方を間違ってしまった…と悔やむ百合子。

彼女の述懐は続く。

「瑠佳に対しても同じです。病弱な瑠威にばかり気を取られて、あの子の気持ちを受け止めてやれなかった…。私は、長い間、育児放棄をしていたのです。こんなに家族が拗れてしまったのも、全て私の愚かさが招いた結果です。」

 百合子の眼差しは、苦悩と悔恨の念に満ちていた。

細い肩が震えている。
瑠威と同様──彼女も又、辛い蕀の日々を過ごしていたのだと解った。